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 そんな事、言われてはいない。陸斗(りくと)が勝手に判断した結果の、独りよがりだ。なんなら「逃げ」ですらあったかもしれない。「海里(かいり)と向き合うのが怖い」「これ以上海里を傷つけてしまうことが怖い」そんな、情けない逃げ。  本当嫌になるっすねぇ。ここ最近突きつけられる己の弱さに、陸斗は小さく息を吐いた。 「言われてないっす。完全にオレの独りよがり、っすね」 「まあ、その気持ちも分からなくねーけどなぁ。逆にこれで、平然とあの家にいたら殴りたくなるし」 「つか、今も良いっすよ? 海里は当然として、アンタと波流希(はるき)だったら、いつでも」 「だから海里を泣かせる事はしねぇっつーの! そんで? 良い家は見付かったの? 契約とか済ましちまった?」  ああ、この人は本当に海里を大切にしているんすね。港が海里を大切にしている事なんて前々から分かりきっていたけど、改めてそう思った。  唐突に会話を戻された事で、思わず言葉に詰まって、「うっ」なんて、潰れた声が漏れたけど。  考える。どう答えるのがベストなんだろう。海里のために、オレが本当に出来ることは何なんすか、ねぇ。  出て行くことなのか、一緒にいることなのか。選択肢は2つなのに、陸斗にはそれがひどく難解だった。 「まあ、とっくに決まってるなら、わざわざ漫喫に泊まらないだろーし。決まってないか、迷ってるって感じか?」  答えに迷っている間に港は勝手に、だけど的確に話を進めてしまう。それもそうか。港としては海里の想いを優先させたいのだから。  港の言葉を疑うワケじゃない。港の海里への想いなんて、疑う余地もない。だけど、本当なんすかね? 本当に海里は、オレと一緒にいたいって、思ってくれてるんすかね? 「なあ、陸斗。1つ聞いても良いか?」 「…………なんすか?」  あまりに無言を貫く陸斗に焦れたのだろうか。港がそう問い掛けた。  今の自分に答えられる事なのだろうかと疑問には思いつつ、陸斗は一先ずそう返す。まだ、港に新しい家のことをなんて答えるか、決められないままに。

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