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からっぽの部屋が、いつかは。
「2度と戻ってこないし、戻れるわけないって思いで出てきたのに、随分と早く戻ってきちゃったっすわ……」
港 にああは言ったものの、いざあの家に戻るとなると、やっぱり躊躇いだってある。それが罪悪感から来てるのでも、「逃げたい」って気持ちから来てるのでも。
実際、陸斗 の足は何度か止まった。マンションが見えた時とか、エントランスに入る前とか。これじゃ大き荷物を抱えてうろうろしてるより、よっぽど不審者だ。問題の大きな荷物も抱えてるし、なおさら。
そして今も。
ようやく部屋の前に着いたは良いけど、扉に手を掛けるどころか鍵を出すこともなく、ぼんやりと呟いた。
女々しいとか、弱いとか、往生際が悪いとか。この状況を非難する言葉はいくらでも浮かぶ。それは浮かぶんすけど、それを振り払う勇気は、ちょっとオシゴトをサボり気味っすねぇ。情けない。
歩いては止まり、また歩いては止まりをしている陸斗に、港もいい加減イライラしてるだろうに。失礼ながら、気が長そうには見えないし。
でも意外とお人好しで、海里 が絡むと自分の感情なんて、「二の次三の次」とどっかへ押しやってしまうような男でもある。だから時には呆れながらも、待っててくれてるんだろう。
「……ま、逆にアレだけの事をしでかして、躊躇わずにズンズン進んでたら、それはそれで問題だけどな」
どれくらい部屋の前で立ち尽くしていたんだろう。やっとどうにかこうにか、カバンに手を伸ばす陸斗を見て、小さく港は呟いた。
カバンの奥、意図的に奥深くで、だけど大切に眠らせていた小さなポーチをどうにか取り出して、陸斗は息をつく。港のもっともな言葉に浮かべた苦笑は、いっぱいいっぱいの状況にあっても自分で分かるくらい、情けなく引きつっていた。
「そもそもそれだけ無神経なままだったら、この家に堂々と居座るくらいはするっすよ。出て行ったりしないっす」
「はは、それもそうだな」
港はカラリと笑って、陸斗がポーチを開けるまでを見守っている。
……どうせまだ、時間が掛かるんだろうな。自分の臆病加減に呆れながらも、あらためて深呼吸1つ。陸斗はポーチのチャックに、そっと、手を掛けた。
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