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普段の倍以上は時間を掛けて、陸斗 はどうにか家へと入る。
今日は前と違って1人で来たワケではないのに、やはりシンとした空気に包まれた室内が、陸斗の胸を締め付けて、寂しい気持ちにさせた。寂しいし、辛い。後悔と罪悪感とで潰されかかった陸斗の頭を、港 は軽く小突いた。
なんすか。問うより先に、港は「やれやれ」とばかりに、大げさに肩をすくめる。
その、どこかコミカルでさえある動作は、陸斗の心情にも、この現状にも相応しくないけど、もしかしたら港は、わざと、そうしてくれたのかも、しれない。
さすがに、そう思うのは図々しいっすかね?
「帰ったらなんて言うんだよ」
「はぁ?」
本気で間の抜けた声が出た。だってそんな事言われるなんて、予想もしてなかったから。
そう言えばガキの頃は、特に言わなかった気がする。「それ」を言うようになったのは、海里 と暮らすようになってから。この家からだ。
海里が留守にしてると分かってる時も言ってた。あの時は誰もいない家に帰っても、こんなシンとした冷たい空気、感じなかったなぁ。
黙り込んだ陸斗を、「それ」がピンと来ていないと取ったのか。ここに来てもなお、「帰る」ことを躊躇う陸斗の背中を押してくれたのか。
「はっ」と。ドラマなんかで主人公のライバルが見せるような、小バカにした笑い声を港が漏らした。
「これくらい、空斗 だって知ってるぜ?」
それは多分後者で、そしてきっと、陸斗が言うまで許してくれない気だ。
深呼吸を1つ。ほんの少しだけ埃っぽいのは、1ヶ月近く誰も来ていなかったから。
ほんの少しだけ埃っぽくて、刺すように冷たい空気が肺を満たしていく。
「…………ただいま」
「よく言えました。邪魔するぜ、陸斗」
港は小さな子供にするように、わしわしと陸斗の頭を撫でた。
声はみっともなく掠れていたけど、ついに言ってしまったんだ。ついに、帰ってしまったんだ。「ただいま」それを口に出して、陸斗は強く実感した。
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