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 海里(かいり)に借りた。  人の荷物からこっそり拝借して、いけしゃあしゃあと「借りた」と言う人間は少なくないけど、(みなと)が、しかも海里に関する事でそんな事をするとは思えない。  言葉通り、ちゃんと「借りた」……つまりは、海里に許可を得ているんだろう。  病室での海里が強く刻まれてしまっていただけに、港の言葉は衝撃だった。衝撃と同時に、僅かの安堵。  あんなに怯えてる海里に港が声を掛けるとは思えないし、いくらかは落ち着いた、んだろうか。 「……海里、話せるようになったんすか?」 「まだ時々、びくっと怯える時はあるけどな。それも減ったし、オレ達のことも思い出してくれた。お前のおかげだよ、陸斗(りくと)」 「オレはなんもしてねぇっすよ」  どこか、港が笑ったように見えた。それは多分、勘違いでも自惚れでもなくて、だからこそ陸斗の胸を強く抉った。  そんな風に微笑んで、礼を言われるようなことはしてねぇんすわ。そもそもオレが最初、手を離さなければ起こらなかったことだ。  それでも。  それでも、海里が徐々に港たちと会話ができるようになっているというのは、素直に喜ばしい。罪悪感を抱きつつも、少しだけ、陸斗にも微笑みがうかんだ。 「だから着替えを取りに行くために海里から鍵を借りた。アイツな、お前のこと、気にしてたぜ」  海里の着替えを取りに行ったら、陸斗の荷物が無くなっていた。だから港は自分の友人に聞いて、陸斗の今日の宿を探し当てたらしい。  海里のことを大切に思ってるんだと、改めて思わされる。本来なら陸斗になんて関わりたくないだろうに。 「……海里、オレのこと覚えてたんすね。忘れてるかと思った」  自然、思わず漏れた声に、港の苦笑が返ってきた。 「海里は多分、お前のことを忘れたりはしないよ。アイツは今でも、お前の幸せを願ってるし」

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