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なにもかも忘れて幸せになれるなんて、陸斗 だって本気で思ってはいない。誰かに、ましてや柚陽 に指摘されなくたって分かっている。
港 たちはああ言ってくれたけど、それはそれだ。港が言ってくれても、波流希 が言ってくれても。海里 本人が言ってくれたとしたって、陸斗のした事が消えるワケではない。
陸斗は海里を裏切って、海里にひどい事をして、その結果、柚陽が好き放題にする大きな隙を作ってしまった。どうしたって、償えるはずのない罪だ。その罪を抱えて、「2人で幸せに」なんて夢物語も良いトコだろう。分かってる。痛いほどに。でも。
ミシッ、と、陸斗が握るケータイが音を立てた。果たしてそれは、雑音として柚陽の耳に少しでも届いたんだろうか。
「アンタにだけは」切り出した声は、そんな事意識していなかったのに、おそろしく低くなってた。
「アンタにだけは言われたくねぇっすよ」
「同じ事をしたのに、って? でもさぁ、りっくん。オレとりっくんがした事って、ほんとのほんとに、おんなじなのかなぁ?」
こてん。電話を片手に首を傾げる柚陽の顔は、ありありと浮かんだ。
これが電話で良かった。もし面と向かっていたら、柚陽の顔を見てしまっていたら、恐怖はもっとおそろしいスピードで陸斗を食らっただろう。
とはいえ、電話越しであっても恐怖、“嫌な感じ”は胸の中でじわじわ広がっているっすけど。
「……なにが、言いたいんすか」
聞くな! 反応が陸斗にそう、訴える。聞いたらきっと、恐ろしい事になる。
それは薄々察せるっす。だからこそ、陸斗は繰り返した。
「アンタ、何が言いたいんすか」
聞かなければ。嫌な予感がする柚陽の言葉こそ。目を背けて、耳を塞いで、良かった事なんて1度もない。
柚陽に対しては、彼の企みの、先の先を読まなければ手遅れ。先の先でも遅いかもしれない。
心臓はうるさくて、冷や汗が伝う。少しでも気を抜けば震える手からケータイは落ちるだろう。「しっかりしろ」という様に強くケータイを握りこむ。ミシッ、というケータイからの抗議の音は、今は無視だ。
そんな陸斗とは対照的に、電話口で柚陽は楽しそうに「きゃははっ」無邪気な笑い声をあげているのが、伝わってきた。
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