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 知らない人……だと思う。誰かに似てるってワケでもない。それでも目の前で、どこか不安そうに陸斗(りくと)を見つめる青年の雰囲気だけは、どこかで見た。  心配そうに伏せている目はどこか不安そうで、でもそれでいてぼんやりとしてる。なんとなく、虚ろっぽい感じもして。  それから色白の肌に目立つ、腕の包帯。  ずきり。痛みを伴って陸斗の中に浮き上がるのは、忘れることなんてできない、マンションで見た海里(かいり)の姿。  ……この子、そん時の海里に似てるんすわ。  外見……は、そうでもない。小柄で細身。色白。髪質はサラサラ。その程度の類似点はあるけど、それだけだ。  でも、青年が持ってる雰囲気は、嫌でもあの時の海里を思い起こさせた。 「……ほんと、誰っすか?」  そうやって問い掛けた声は、さっきより遥かに余裕をなくしていたし、喉に張り付いて上手く出てこなかった。  なんで、なんでこんなに、似て。それもこのタイミング、で。 「突然、ごめんなさい。オレは紗夏(さな)っていいます。……もう、ここしか手掛かりがなくて。柚くん、ここにいませんか?」  柚くん。その名前は陸斗の焦りが増したし、警戒も増した。チリチリ、ギリギリと、胸の中で不穏な音が聞こえる。握っていたケータイを更に強く、握り込んだ。  (みなと)たちに連絡するべきか。もう少し紗夏と名乗った青年の素性を探るべきか。あんま悠長なことは言ってらんないっすけど、無関係の人間で騒いだりしたら大げさだし、それこそ隙を作っちゃうっすね。  だから、まずは。 「ここはオレの家だし、そもそも柚くんって誰っすか?」  もちろん、海里のことは伏せて。この状況で「柚くん」が柚陽(ゆずひ)じゃないと思えるほどお気楽ではないけど、念の為問い掛ける。 「あ、ごめんなさい。いつものくせで、つい。柚陽くん、いませんか?」  慌てて頭を下げて告げられた言葉は丁寧だったけど。  「柚くん」が柚陽である可能性も覚悟も持っていたけど。  それでも、紗夏と名乗った青年の言葉に、陸斗は打ちのめされた。

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