328 / 538

「何かあった、と言えばあったけれど、柚くんから見れば何もなかったのかもしれません。オレは付き合ってた、って言いたいですけど、柚くんがどう思ってたかは残念ながら分からないので」  陸斗(りくと)の言葉に紗夏(さな)は、少し考える素振りを見せてから、呟くように言った。その一言一言を噛みしめているように。  柚陽(ゆずひ)と付き合っていた、となると、柚陽が何をしたかは簡単に想像が付く。ただ、なんとなく、引っ掛かる気がした。  確か柚陽はガキの頃から海里(かいり)を好きだったんじゃねぇっすか? でも紗夏は柚陽と付き合っていた、みたいな事を匂わせた。  どっちかが嘘を言ってるんだろうか。でも考えてみれば柚陽には子供がいる。……まあ、好意がなくてもセックスは出来るかもしんねーっすけど。  かと言って本人に聞くワケにはいかない。明らかに柚陽を追ってきたような紗夏を前に、柚陽が熱を上げている海里の名前なんて出せない。  余計な混乱、波乱を生んでしまいかねない。紗夏の怒りが柚陽に向けられるならともかく、海里に向けられてしまったらと思うと、ぞっとする。  黙り込んでいた陸斗を見て紗夏はなにかを悟ったんだろう。弱々しげな苦笑が浮かんだ。 「……柚くんが他の人を好きなの、分かってます。それでも柚くんって結構モテて、代わりで良いからっていう人、多いんですよ。オレもそのうちの1人だった、ってワケです。代わりで良いからって思ってて、でもどこかで期待してて。こうして追いかけてきちゃってるんです」  柚陽がモテるっていうのは、まあ分かる。顔は可愛いし。恋は盲目っていうから、柚陽の性癖を知って「それでも良い」って人は、いるかもしれない。  代わりでも良いと思っていても諦めきれなかった、そんな可能性はある。 「でも多分、柚くん、このへんにいると思うんです。……あの、失礼を承知でお願いするんですけど、しばらくここにお世話になって良いですか……?」  紗夏の言葉に同情の余地はある。可哀想だとも思う。  以前の陸斗ならともかく、今の陸斗ならうっかり上げていたかもしれない。だけど柚陽からの連絡があった事が、空斗(そらと)の一件が、陸斗に警戒を促した。

ともだちにシェアしよう!