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「何かあった、と言えばあったけれど、柚くんから見れば何もなかったのかもしれません。オレは付き合ってた、って言いたいですけど、柚くんがどう思ってたかは残念ながら分からないので」
陸斗 の言葉に紗夏 は、少し考える素振りを見せてから、呟くように言った。その一言一言を噛みしめているように。
柚陽 と付き合っていた、となると、柚陽が何をしたかは簡単に想像が付く。ただ、なんとなく、引っ掛かる気がした。
確か柚陽はガキの頃から海里 を好きだったんじゃねぇっすか? でも紗夏は柚陽と付き合っていた、みたいな事を匂わせた。
どっちかが嘘を言ってるんだろうか。でも考えてみれば柚陽には子供がいる。……まあ、好意がなくてもセックスは出来るかもしんねーっすけど。
かと言って本人に聞くワケにはいかない。明らかに柚陽を追ってきたような紗夏を前に、柚陽が熱を上げている海里の名前なんて出せない。
余計な混乱、波乱を生んでしまいかねない。紗夏の怒りが柚陽に向けられるならともかく、海里に向けられてしまったらと思うと、ぞっとする。
黙り込んでいた陸斗を見て紗夏はなにかを悟ったんだろう。弱々しげな苦笑が浮かんだ。
「……柚くんが他の人を好きなの、分かってます。それでも柚くんって結構モテて、代わりで良いからっていう人、多いんですよ。オレもそのうちの1人だった、ってワケです。代わりで良いからって思ってて、でもどこかで期待してて。こうして追いかけてきちゃってるんです」
柚陽がモテるっていうのは、まあ分かる。顔は可愛いし。恋は盲目っていうから、柚陽の性癖を知って「それでも良い」って人は、いるかもしれない。
代わりでも良いと思っていても諦めきれなかった、そんな可能性はある。
「でも多分、柚くん、このへんにいると思うんです。……あの、失礼を承知でお願いするんですけど、しばらくここにお世話になって良いですか……?」
紗夏の言葉に同情の余地はある。可哀想だとも思う。
以前の陸斗ならともかく、今の陸斗ならうっかり上げていたかもしれない。だけど柚陽からの連絡があった事が、空斗 の一件が、陸斗に警戒を促した。
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