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 紗夏(さな)の言葉で陸斗(りくと)は警戒を強めたし、ますます混乱した。  だって、おかしい。紗夏が柚陽(ゆずひ)のことを好きで、柚陽に頼まれたなら、もっと器用にやるはずじゃないか。きっと柚陽のことなら「りっくんの気が惹けたら好きになっちゃうかもぉ」なんて、甘えて言っているかもしれないし。  だけど紗夏は明らかに“なにかある”って思わせるような、雑な展開に持って行った。まるで陸斗にバレたらそれまで、柚陽のお願いなんて2の次3の次、とでも言うような。だけど“好きな相手”のお願いを、そんな雑に扱うもんすか? 柚陽の考えも分からないけれど、紗夏の考えも分からない。  陸斗の混乱や警戒は、分かり易く表情に出ていたんだろう。  紗夏がまた、くすくすと笑う。 「陸斗さん、でしたっけ? あなたがオレの目的に気が付かなかったら、頑張ってあなたをオトそうと思っていました。そりゃあオレだって、柚くんの喜ぶ顔が見たいですし、「よく頑張ったね」なんて言ってオレのこと、壊してくれれば、嬉しいですから」 「……それにしては雑だったけど?」  うっとりと言いながら自分の包帯が巻かれた腕を撫でる紗夏に、「ああ、関わっちゃいけないタイプっすね」と思いながらも、素っ気なく、不思議に思っていたその点、“あまりに持っていき方が雑”という点について問い掛ける。  と言うかうっとりと「壊されたい」って言うあたり、やっぱ柚陽の性癖を理解した上で柚陽を好いてるんすねぇ。こういうトコでくっつけば、良いと思うんすけど。  自分のやり口が雑だったっていう自覚はあるのか、紗夏は、陸斗の言葉に気を悪くした様子もみせず、にこにこと微笑んだ。 「はいー。雑ですよー。だってオレには本命があったんです。陸斗さんに気付かれなかったらソレはソレ。もし陸斗さんが気付いてくれたら、こっちの提案をしよう、って思って」  柚陽の件があるからかもしれない。それがなくても、紗夏が浮かべる微笑みには警戒させるだけの圧があった。  ごくりと思わず唾を飲み込み、強くケータイを握り締める。この緊張は、チャイムが鳴った時の比じゃない。油断したら取って喰われるんじゃないか、そんな風に警戒しながら、紗夏をまっすぐに見つめ返した。

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