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 そこじゃない。言いたいのはソレじゃない。紗夏(さな)の恋愛観が柚陽(ゆずひ)に近いのは分かってる。だけど紗夏は紗夏なりに陸斗(りくと)たちに歩み寄ってくれていることも。  ただ、もしかしたら。  にこにこと微笑む紗夏を見つめる。この子、最初の策こそ無理矢理だったけど、それさえも計算の内、みたいなトコはあった。なにもかも分かっていて、あえてトンチンカンなことを返したのかも。「アンタは」言い掛けて、止めた。  紗夏が気を遣ってくれたんであれ、トンチンカンなことを言ってるのであれ、触れるべきではないだろう。「ありがとね」でも一応、呟くようなお礼を1つ伝えておいた。きょとんとしたあとで微笑んだ紗夏が、なにを考えているかは、正確には理解出来なかったけど。  陸斗と協力の約束を取り付けた事で、少しは安心したんだろう。紗夏は頼んでおいた飲み物を口に運ぶ。  だけど陸斗にとっても、紗夏にとっても、根本的な問題が解決しているワケじゃない。紗夏はカップをテーブルに戻して、小さく息を吐いた。  それからぼんやりと、窓の外を見つめる。もちろんそこに何があるワケでもないし、紗夏もそこに広がっている光景そのものを見てるワケじゃないだろうけど。 「……オレ、実はこの辺に住んでいるんです。あとでマンションの場所を伝えますね。良ければ連絡先も交換して頂けると助かります。協力するからには、連絡が取れるとありがたいので」  紗夏が顔を窓から陸斗に向けて、そう呟く。陸斗としては、その点も問題ないし、連絡を取れる方がありがたい。「もちろんっすよ」そう返しながらケータイを操作する。  紗夏は紗夏で自分のケータイを操作しつつ、視線はどこか、窓の外をぼんやり見つめていた。

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