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「りっく~ん~!!」
甘えるような猫なで声に、陸斗 の体はびくっと震えた。情けない。情けないけど、媚びるような甘い声。りっくんっていう、特有の呼び方は、陸斗の胸を締め付けて、吐き気を催すのに十分だった。血液が凍って、がたがた震えている。手が冷たい。
「落ち着け」自分に必死で言い聞かせた。時折柚陽 がチョッカイを出してくるなんて、まったく無かったコトじゃない。冷静になれ。ここで怯えたら、「なにかありました」って言ってるようなモンじゃないか。
情報が漏れているのか、なにかを悟ったのか、探りに来たのか。あまり考えたくないけど、紗夏 はやっぱり、港 たちも含めて上手い具合に取り入ったのか。
紗夏が最初から陸斗たちに協力する気がないんだとしたら、本性を晒すのはあまりに早くて、雑だけど。なんせ、昨日の今日だ。紗夏ならもっと器用にやるだろうっていうのは、付き合いが1日にも満たない陸斗にだって分かった。
「……なんすか?」
今までどおりに、「素っ気なく」を努めて柚陽に応えたけれど、その甲斐なく、声は僅かに震えていた。それに対する苦い顔だけは、どうにかこうにか堪える。
「もー! そんなに怯えなくても良いじゃん。オレ、りっくんにはなんにもしないし、なんにもしなかったでしょ?」
ただ、演技じゃないって言うなら、柚陽は陸斗の反応を怪訝に思った様子もなくて。「ああ、そういえば」情けないことだけど、思い出す。
オレが柚陽に怯えるのって、昨日一昨日のレベルじゃなかったすわ。
ただ、多少の怯えや震えなら「いつも通り」って思ってもらえたとしても、このタイミングなら、探りに来てる可能性は低くない。バレない程度の警戒も必要だし、「協力してください」紗夏の言葉を思い出す。
柚陽から海里 を守るから、代わりに自分の恋が実る様に協力してほしい。
それを思うと紗夏を不利に追い込む事はしちゃいけない。柚陽をじと、っと窺いながら、陸斗は柚陽の反応、出方を待った。
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