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「昨日、なにか変わったコトってなかった?」
「……特に何もなかったっすけど」
あまりにストレートな言い方に、「なにかあるんすか?」と逆に疑ってしまう。だけど少しでも不審な動きを見せれば、柚陽 はあっさりと見抜きそうだ。「言外の意なんて汲みとれない」そんな顔をしながら、あっさりと人の隙を突いてしまえる。それはもう、この1ヶ月で痛いほど実感してた。
「あれぇ?」なんてわざとらしく言いながら、人差し指を顎に添えて、上を見つめる。本当は確証さえ持っているだろうに、「うーん」なんて思い出すような、考えるような仕草をみせてから。
こてん。いつもみたく、首を横に倒した。
「オレのカワイイ後輩が、りっくんのお家にお邪魔したはずなんだけどなぁ」
「さあ? だいたいアンタとは大学に入ってからの付き合いっすよ? アンタの後輩のコトだって知らないっす」
「それもそっかぁ」
ぽん! わざとらしく手を叩いて、うんうん、なんて頷いてる。
「オレよりは大きいけど、平均から見れば小柄で細身。髪が長くて、ちょっと儚い感じの……すこーしだけ、海里 に似てる、かなぁ?」
柚陽の言葉で一瞬、怒りと後悔に襲われた。それから、玄関扉で向き合った紗夏 を思い出した。
少し海里に雰囲気が似ていたあの様子は、紗夏が意図的に作ったんだろうか。それとも、海里が「ああなった」理由こそ違えど、腕の包帯は本気であの顔をさせるに十分だったんだろうか。
「さあ、知らないっすね」
「あれぇ? じゃあオレの後輩が嘘ついたのかなぁ」
意図的なものなのか、感情が漏れ出た結果なのかは分からない。それでも柚陽の目に怒りの色が一瞬だけ窺えた。
柚陽は独り言なのか、陸斗 に聞かせるつもりなのか。「あの嘘つき、アレだけじゃ足りなかったのかな」なんてボソッと小声で呟いた。
それさえ柚陽の、もしかしたら紗夏の、打算かもしれないとは一瞬考えた。だけど、紗夏との約束もある以上、あまり紗夏を不利にさせることも出来ない。あとやっぱり、あの雰囲気に、引きずられてるのかも、しんないっすね。紗夏は海里じゃないのに。
「つーか、その後輩クンは、オレに何か用だったんすか?」
自然に聞けただろうか。そう不安に思いながらも、陸斗は素っ気なく問い掛けた。
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