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 柚陽(ゆずひ)の目が、怪訝そうに細められた。  幸い、「なにを考えているか」までは悟られていないようだけど、時間の問題だと思う。もう隠すことも諦めたのか、露骨に陸斗(りくと)の内心を探ろうとしている。  ほんと、こっちまっすぐ見られると、石かなにかにされそうっすね。そんな本能的な」恐怖をぼんやり感じつつも、陸斗は平静を保った。 「……さっきも言ったけど、そうだよー。だからりっくんには精一杯可愛く接したし、あのガキにも傷は一切なかったでしょ?」 「……アンタ、もし空斗(そらと)への愛があったら、手、あげてたんすか」  それはさすがに、呆れてしまう。とは言え陸斗もガキは苦手で、あれは立派な育児放棄だったり、柚陽もそれを分かって空斗をけしかけたんだから、尚更「りっくんにだけは言われたくない」というヤツだろう。  口を開くなり、そう言われると思っていた。それも、少しバカにするように、きゃはは、なんて可愛らしく笑いながら。  けれど、柚陽がしたのはそうじゃなかった。こてん、普段通り首を傾げる。ただ、陸斗をバカにしてるというよりは、心底から「分かんない」といった風に。 「んー、それは分からないよ。オレはガキを見て、可愛いとと思ったことも、愛しいって思ったこともないもん。でもまあ、どーしてもって縋ってきたアイツ……ガキの母親とは、フツーの……世間一般の、ってコトね? そんなセックスだったから、そうだねー、子供への愛はともかく、色欲っていうの? そーいうのに関しては愛がないと殴りたいとかは思わないかも」  まるでもって厄介な性癖は、やはり「好きな人間を幸せにしたい」「憎い相手は潰したい」といった考えの陸斗には、理解できるものじゃない。多分、一生相いれないかもしれない。  だけど、普段なら吐き気さえ覚えるような言葉に、この時ばかりはほんの少しだけ、気分が明るくなった。  言い終えてから“育児放棄”については、言われたくない相手だろう陸斗からの指摘だったのを思い出したかのように、「というかー、りっくんには言われたくないんだけどぉ」なんて頬を膨らませて不満を言っていたけど。それは確かなことであるから反論するつもりも、反論するだけの余裕もなかった。  少し、ほんの少しだけ、希望が見えた、かもしれない。

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