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お兄ちゃんの主張
「……“本人が傷付いても、悲しんでも、引き離す”。やっぱ、“お兄ちゃん”って、そういうもんなんすかね?」
「オレの前でソレを言うの、勇気がいたでしょ」
波流希 は、男女どっちにもウケるような微笑みで、やさしく陸斗 にそう言った。そう言ってくれたけれど、陸斗本人としては、文字通り「生きた心地がしない」。
正直、浮かべてる表情は前の方がよっぽど恐ろしくて、今は目も口元も穏やかに微笑んでるっていうのに。いや、違うっすね。この居心地の悪さが正解で、なんともなく平然としていた以前が「異常」なのだ。あの時のオレ、ほんとどうかしてた。なんて、今更思っても遅過ぎるんだけど。
海里 が入院する病院近くの喫茶店で、今、陸斗は波流希と向かい合う形で座っていた。
穏やかな波流希の目が、自分を映していると認識するだけで怖い。落ち着いた雰囲気の洒落た喫茶店なのに、おどろおどろしくて、息が詰まりそうになる。
はぐ、なんて。呼吸1つするのにも、間抜けな音を漏らさずにはいられない。
「正直、オレが言えた立場じゃないって思ってるっす。よりにもよって、波流希相手に。でも、コレは、波流希に言った方が良いと思って」
俯きたくなる気持ちを堪えて、陸斗はどうにかソレを返した。
隼也 の発言を受けて、“コレ”は直接波流希に伝えた方が良いかもしれないと思ったのだ。もちろん、責められることも、会ってもらえない可能性も、「責めてさえもらえない」可能性だって考えて。
結果、少なくとも波流希は待ち合わせ場所に、この喫茶店を伝えた。
「会ってはくれるんだ」返信を受けてから感じている安堵と緊張は、話し終えた今でもまるで消えないし、それどころか、悪化していってる。
「すごく一般論になっちゃうけど、それは“お兄ちゃん”と言うより、隼也くんだっけ? 彼の考えだと思うよ」
そんな陸斗の様子に、波流希は、やさしい微笑みさえ浮かべながら、そう応えた。
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