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 喫茶店から出るなり声を掛けてきた隼也(しゅんや)を思い出す。あの状況なら陸斗(りくと)ではなく、紗夏(さな)を呼び止めることだって出来たはずなのに、隼也は紗夏ではなくて、陸斗を呼んだ。それから聞かれたのは親しそうな理由とか、いつ会ったのか、とか。  ……やっぱ独占欲、なんすかねぇ。  そうだとしたら、柚陽(ゆずひ)と紗夏が付き合うのに厄介なのは、ずっと海里(かいり)一筋な柚陽の気持ちじゃない。むしろ柚陽が紗夏を、今までの代用品の中で「特別扱い」してるんなら、まだ見込みはあるだろう。  厄介なのは「紗夏を傷付けてでも引き離す」と言い切った隼也の方で。  つーか本人は本当に恋愛感情をなしに、あそこまで独占したがっているのか。それとも無自覚なだけ、なんだろうか。  「もしかしたら」陸斗の脳裏に、あまり考えたくはない、けれどこうした場合では、嫌でも考えておかなくてはいけない、「最悪の可能性」がよぎる。  恋愛感情なんて、持ってないフリ。  そうして陸斗だけじゃない、他の人間や、柚陽のボロさえ期待して、紗夏に近付く人間、紗夏に恋情を抱いている人間を追い払ってるんだったら。 「……顔に見合わず独占欲が強い、だっけ?」 「え?」  つい最近だけで散々耳にしたフレーズに、陸斗は思わず間抜けな声を漏らして、伏せていた顔を上げる。一瞬、誰のことを言ってるか分からなくなった。それは波流希にも伝わったらしく、「隼也くん」と答えを口にされた。 「ああ、オレもそう思うし、柚陽や他のヤツにもよく言われてるっすねぇ。けっこー爽やかだし、ノリも良いし、小さいコトもちょっと大きいコトも、良い意味で気にし無さそうなんすけど」 「そういう人間こそ、フタを開けると結構ひどかったりするよね」  なにか覚えがあるのか。それとも暗に自分のことを言われているのか。陸斗がそれについて、考えているヒマはなかった。 「自覚してても厄介だし、無自覚でも困るからなぁ」  波流希が言葉を続ける。「うーん」なんて考えこむ仕草は、人によっては余裕そうに見えるのかもしれない。実際微笑みは浮かべたままだ。  でも、よくよく見れば「辛うじて」浮かべてるだけの「苦笑」だって、すぐに分かる。穏やかな眼差しには、焦りの色がありありと焼き付いていた。

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