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 隼也(しゅんや)に案内された喫茶店は落ち着いた雰囲気で、テーブル同士もほどよく離れている。「内緒話」をするにも、恋人同士がムードのある時間を過ごすにも、最適かもしれない。  大学を出てから、道中、店に入る前と注意深く周囲を見回した隼也は、席に着く前にも1度だけ店内に、ぐるっと1周分視線を巡らせて、ようやく安心したんだろう。「はあ」なんて疲れきった息を漏らした。  だいぶ気を張っていたらしいのは、いくら他人の感情に基本鈍感な陸斗(りくと)でも分かる。ましてや、隼也に「仕掛けている」身だ。なおのこと。 「えーっと、隼也?」  不審に思われない程度に、無難な声を掛けておく。不思議そうに。心配そうに。  どうやら、それは上手くいったらしくて、疑った様子もなく「ああ、悪い」隼也は苦笑を浮かべて、陸斗に視線を向けた。 「あまり聞かれたい話じゃないし、月藤(つきとう)がいないかと思って」 「紗夏(さな)?」 「あとアイツだな。アイツがそそのかしたとは思わないけど」  隼也の顔がしかめられて、吐き出すように「アイツ」と言う。「そそのかす」って言い方からも想像できるけど、柚陽(ゆずひ)のことだろう。  柚陽がそそのかした。……ああ、なんか、本当、昨日の今日なのに気付いてそうっすねぇ。 「……なにか、あったんすか?」 「ああ。だから陸斗にも相談しておこうと思って。お前はそんなに親しくなくても、月藤を知ってるし、そういう人間の方が言いやすい事もあるだろうから」  どうにかこうにか、知らん顔を続ける。油断したら恐ろしさに顔が引きつってしまいそうだ。  だって、昨日の今日っすよ? それとも紗夏は海里(かいり)波流希(はるき)にしているように、隼也にだけは絶対の信頼を寄せているんだろうか。申し訳ないけどそうは見えない。それに、そうだとしたら、隼也がこれほど毛嫌いする柚陽を好かない可能性が高い。  そうなると、やっぱり。考えるだけで恐ろしいので、「この場に適した表情」を保つために、勘繰るのは一旦止めた。

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