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 周りの空気がサッと冷えて凍りついたような感覚に、陸斗(りくと)は思わず息を飲んだ。吸い込んだ空気さえ冷たくて、肺を突き刺す。あまりの冷たさに、喉が焼けるんじゃないかと思った。  手が、体が、情けなく震えるのを感じながら「大真面目な考えしか、抱いてないっすよ」どうにかそんなセリフを絞り出す。今の(みなと)には逆効果だったみたいで、ますます空気は凍りついた。 「お前……お前、なぁ……!!」  吐き捨てるように言いながら、港の手が陸斗の襟元を掴む。ギリ、力を入れていたのはほんの一瞬で、「ほんと、お前は……」そんな呟きと共に、港の手は、ただ陸斗の襟に触れるだけといった具合になっていた。  それこそ、首を絞めたって許されるだけのことを、陸斗は港に、港たちにしているというのに。  なぜ、止めたのか。ここにきてもまだ、海里(かいり)の言いつけを守るとでも言うのか。  疑問に思いながら港を、気まずいけれど正面に見据える。  そっと港の手に触れてから、「良いっすよ?」と促してみても、もう手に力は入らない。  うわごとのように港が呟くのは、「ほんと、お前は……」「なんで、今」そんな恨み言ばかり。 「港……?」 「お前は!! あの時の、病室で見た海里を、忘れたのかよ」  病室で見た海里。もちろん、忘れてなんていない。忘れられるワケがない。  それは言葉より先に行動になって、陸斗は強く唇を噛んだ。港と波流希(はるき)にさえ怯えていた、あの姿。もう、あんな風にはしたくない。しちゃ、いけない。 「覚えてるなら、そんな事思うんじゃねぇよ」  陸斗の様子で答えは分かったのか、さすがに忘れるはずがないと思ったのか。苦しげにぽつり、港はそう漏らす。 「あんな状況でもお前の幸せを願った海里が、お前を傷付けて幸せになれるワケ、ねぇだろ」

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