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「ただ少しびっくりしました。いえ、もしかしたら陸斗 さんならそう言ってくれる、という期待があったかもしれないんですが」
電話の向こうから聞こえる紗夏 の声には、少しだけ戸惑いがあった。
会って間もないし、そんなに会話を交わしたワケでもない。それでもそんな短い回数の中、紗夏は結構余裕そうだったし、準備も万端、常に先を先を見て、手を回しているような印象だった。
だからこんなに分かりやすく戸惑うなんて、それこそ演技でもなければ、なさそうだったのに。
「……あ。演技じゃないんですよ。本当に、びっくりしてます」
「いや、さすがにコレはちょっと分かるっすわ。え、本当オレ、変なこと言ってない?」
「言ってません。いえ、世間一般で語れば言ったのかも」
電話だから伝わるはずないのに、頭を勢い良く下げて「ごめん!」謝罪の言葉を口にする。やっぱ、なにか、言うべきじゃない言葉があったと思う。そもそもストーカーまがいの事をしてる人間を示して「コイツのストーカーはいつから?」なんて、無神経にもほどがあった。
しかし紗夏の言うソレは全く違った様で、「陸斗さんは謝る必要がありません」ときっぱり断言される。
今度は「でも」なんて僅かな言い訳の余地さえ、挟ませてはくれなかった。
「オレの性癖を陸斗さんはご存知でしょう? 好きな人に壊されたい。柚くんが気が済むようにお人形にしてくれれば、幸せです。柚くんが望むなら、柚くん以外ともきっと悦んで寝ちゃうかもしれない。でも、それは、あくまで柚くんだから、なんです」
「知ってるっすよ。知ってる、なんて安い言葉で返されたくないだろうし、本当には理解できないけど。でもアンタが柚陽 に対してソウイウ気持ちを持ってること。ソレを愛だっていうこと自体は否定しない。でも、今更どうしたんすか?」
それは先日も話した事で、陸斗は、そんなすぐにすぐ、考えが変わるような性分ではない。「本当には理解できないけど、受け入れられないけど、認めている」というのが1番近い考えは、今も同じだ。
しかし紗夏の中で、ソレは説明になっていたらしくて、なんなら理解できていない陸斗の反応さえ正解だったようで。くす、なんて嬉しそうな笑いを1つ漏らすと、「それなんです」言葉を続けた。
「普通、ソウイウ性癖だったら、ストーカーだって怖くないだろ、みたいに言いますよ。でも陸斗さんはオレのことを気遣って、どころか謝ってくれた。本当はオレのこと、もっともっと利用しても良いのに。陸斗さんのこと、信じてないワケではないですけど、盲信もしてないし、理解も出来ていないので。そんな、世間一般ではしないような反応を陸斗さんからもらえたことで、びっくりしたんです」
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