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「柚陽 じゃねぇよ」
海里 の、少しだけ震えた声が聞こえる。浮かべていた微笑みも一瞬だけ引き攣った。そりゃあ柚陽のしたことを考えれば、そんな呼びたい名前でもなければ、思い出したくもないっすよね。本来ならそれは陸斗 も同じはずで、港 からの電話のまま、心配に思う気持ちのまま駆けてきてしまった事実に、思わず内心で苦笑した。
とは言え、それなら、包帯の理由はなんなんだろう。「誰」なんだろう。
考えても、柚陽くらいしか心当たりは浮かばない。
紗夏 という可能性は低いだろう。自分の好きな人が好きだと言っている人。嫉妬心から凶行に走ってしまう可能性はゼロではない、けど。
あくまでコウイウコトは、「愛の証明」「愛があって」だと語る紗夏が、嫉妬心を暴走させてケガさせるとは考えられない。
それなら、
「ごめんな、海里」
陸斗が思い至りそうになる直前、港がそう呟くように言えば、海里の耳の位置にそっと自分の手を添えた。きっと耳をふさいでいるんだろう。
海里が嫌そうな顔をしつつ「だからな、港」なんて訴えているのを、港は苦しげな顔で無視して言葉を続けた。
「……隼也 だよ」
「港!!」
あの港が海里の言葉を遮っている。それも本人の前で包帯の原因を話すのは、苦痛だっただろうに。
今も顔をしかめながら、苦し気になんとか言葉を吐き出している。多分そうしないと海里が話す余地を与えないからだろう。海里は、本当にやさし“過ぎる”くらいだから。
隼也。
港から聞かされた名前に驚きは感じず、「ああ、やっぱり」なんて思いながら、それでも悔しい事や怒りには変わりなくて、陸斗は思いきり唇を噛み締めた。
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