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 陸斗(りくと)がそんな風に情けなく発した言葉に、海里(かいり)の微笑みが崩れた。  目が驚きでいっぱいに見開かれて、「信じられない」と言わんばかりにマジマジと陸斗を凝視する。そりゃあ、あんな事をした人間が「幸せにしたい」だなんて、嘘かなんかだと思うだろう。信じたとしても「どのツラ下げて」と反感を買って当然だ。  ただ、海里のその顔は、そうした不快な「信じられない」ではなくて、もっと違う、ああでもコレって自惚れっすかね。それとも都合の良い夢? だとしたらそっちの方が良いかも。だって海里の腕も、夢になる。  そんな風に混乱する陸斗の前で、海里はぽろっ、涙を1つ零した。  それが切っ掛けになったのか、次々に海里の目から涙が零れては、頬を伝って落ちる。シーツに。布団に。海里の手に。  糾弾や軽蔑こそ覚悟していたけれど、泣かれるというのは覚悟も予想もしていなかった。己の浅はかさを恨みつつ、陸斗は必死でなにか言おうと口を開きながら、言葉を探す。オレが泣かせたのだから、オレがなにを言っても無意味、逆効果かもしれないとは不安に思いつつ。 「その、えっと、ごめんなさい。いや、謝って済む問題じゃ、ねぇんすけど、でも、やっぱ今のは、その」  だけど言葉は出てこない。出ては来るけれど、それは「言葉」とはお世辞にも言えない、拙いもの。  支離滅裂で。情けなくて。それでも何か言おうとする陸斗を、「違う」海里の、震えた涙声が遮った。 「違うんだよ、陸斗。まだお前にそう言ってもらえるのが、嬉しかったんだ」  許された気がした。なんて、微塵も思っていない。  海里はやさしい。だから、陸斗に気を遣った可能性だって十分にある。  だけど、それでも。  涙を流しながら海里が浮かべた、明るくて、やわらかい微笑みに。  ああ、まだオレはこの微笑みを見る事を許されていたのか。なんて。この微笑みを今度こそは絶対に守らなきゃなんて。  痛いほど、強く、陸斗は自分の中に、それを刻み込んだ。

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