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 柚陽(ゆずひ)は変わらずくすくすと笑う。笑いながら、あの不快感に満ちた見下す視線で隼也(しゅんや)を見つめる。  単純な身長の問題では、どうやったって柚陽の方が低い。柚陽が隼也を見下ろすのであれば、それなりの踏み台が必要だろう。しかしお互い同じ地面を踏みしめながら、間違いなく現状、相手を見下ろしているのは柚陽の方だ。  にたぁ、なんて。  口の端を思いきり持ち上げて、柚陽は嫌な笑いを浮かべた。いつも貼り付けている無邪気さは、隼也を前にすると剥がれがちではあるものの、今回はその非ではない。と言うか、そうした類でもなくて、あえて浮かべた「勝ち誇った顔」といったところか。  そんな笑顔のままに、柚陽は堂々と、 「1番おかしいのが、お前ってことだよ」  そう言い放った。  直後訪れたのは怒声でも、刃物を振るう音でもない。幸い、隼也が柚陽を刺す音でもなかった。  ただ、耳に痛いほどの沈黙。  隼也は怒りを湛えた目のまま、ぼうぜんと柚陽を見つめている。まるで「なにを言われたのか分からない」と言うように。事実なにを言われたのか分かっていないのだろう。人間、自分の許容量を超えると、フリーズするもんすからねぇ。  それでも数秒の沈黙を経て、柚陽に投げ付けられた言葉を咀嚼し、飲み込んだらしい隼也は、分かりやすく激昂した。 「テメェにだけは言われたくねぇよ!!! このクソ犯罪者が!!」 「うわ、それお前が言っちゃう? お前が1番、最低なのに?」  こてん。こんな状況にも拘わらず、柚陽はいつも通り、自分の首を倒して問い掛ける。  柚陽の恋愛観なんて、陸斗には理解できないし、理解したくない。壊すべきは好きな人を邪魔するナニカだ。好きだから壊すなんて、分からない。  それでも、それでも柚陽が隼也を軽蔑する理由だけは、なんとなく、分かった気がした。  陸斗は自分の大切な人のため、邪魔な物を壊す。それがたとえ人間であろうと、陸斗が“そう”と判断すれば、ゴミかなにかにしか映らない。  柚陽はそれが愛のカタチだと疑わず、愛を示すために、愛情表現として好きな人を壊す。対して紗夏(さな)にとっての愛は、ソレを受け入れることだ。大好きな人に壊されることこそ紗夏の幸せで、紗夏はそれを愛情だと受け取っている。半分は柚陽の影響だって言ってたけど。  (みなと)が大切な人の言葉を、自分の感情さえ抑えて従うように。  ……自分で言うのもなんすけど、海里がオレの幸せのために自分を犠牲にしようとしたように。  結局、オレ達はそれぞれが結構違ってるけど、少なからず自分の主張する愛の下に何かを壊したんだ。だけど、隼也は。  紗夏の想いさえ否定して、捻じ曲げようとしているんだ。

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