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目線を声の方へと向ければ、そこにはやはり、紗夏 が立っていた。紗夏はこの家を知っている。なんせ、陸斗 との初対面は玄関先だったくらいなのだから。
だから、ここに来ることが出来るのは、不思議でもなんでもない。しかし、今、よりにもよってこのタイミングで来るのは何故か。隼也 のことについても、電話で話したはずだ。その上で「他の男」の家に出向くなど、愚かなことをする子ではないだろうに。
むしろ、聡い子だ。単純な頭の良さは定かでないものの、少なくとも駆け引きや常識に於いては、出会って間もない陸斗も素直に舌を巻いてしまうだけのものがある。
では何故、そんな紗夏がこのタイミングで。
……本当の答えは本人のみが知る事だろうが、だいたいの予想を付けるくらいは容易だ。
「どこまで」は定かじゃないし、その時点から状況は悪くなっている可能性もあるが、「コレ」を知ってここまで来たのだろう、と。
「つ、月藤 ……? なんで、なんでこんなところに」
さっきまでの勢いはどこへやら。隼也はひどく青ざめて、がたがたと震えている。さっきもけいれんしていた気はするが、ソレとは明らかに種類が違っていた。
怯え。動揺。
ぼうぜんと立ち尽くし、それでもはっとすれば、慌てて構えていたナイフを背後に隠そうとした。「紗夏には見られたくない」というように。
つーか、「こんなところ」ってなんすか。
度重なる異常とも言える出来事に思考がバグでも起こしてるのか、この場に不釣り合いな怒りを抱く。
もちろん、場違いな怒りであるのは分かっている。隼也にとっては紗夏が向かった他人や家は、全て「こんなところ」になるんだろう、とも。
それでも海里 との思い出が詰まった場所を、海里を待つための家を「こんなところ」扱いされて苛立たないほど、陸斗は温厚でもない。「アンタさぁ」場違いを自覚しつつ口にしようとした文句は、
「隼也さん、その言い方は良くないですよ。ここは人様のお家の真ん前です」
一瞬驚きはしたものの、納得はできる紗夏の声と、あまりに予想外なところから遮られた。
「はあ」と大きすぎる溜息が、紗夏の後に続く。無邪気で、子供っぽくて。でもそんな溜息1つにも心底からの侮蔑を込めた、
「ほんっと、だからお前はダメなんだよ。それにね、今さら紗夏の前で取り繕ったって無駄だと思うんだぁ」
柚陽 によって。
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