418 / 538
6
「月藤 、自分の家に帰るんだ。ここにいたって仕方ないし、危ないだけだろ。あと、こんなヤツとはもう付き合うなって」
紗夏 を優先することにしたのか、隼也 の顔に微笑みが浮かんだ。紗夏に向けているだけあって、一瞬やさしそうなものに見える。
けれどそれは、ひどく引きつっていた。歪で、口元はひくひくと痙攣していて。今にもバラバラと音を立てて崩れ落ち、別の顔が、ナイフを振り回し、「海里 だって悪いんだ」となんの疑いもなく言い切った姿がむき出しになりそうだ。
下手なホラー映画より恐ろしい。もし今、サスペンスの犯人役をやったなら、名優の演技さえ凌駕してしまうかも。まあ、立派な犯罪者なんすけど。それについてはオレも人のこと言えない。
並みの高校生なら。いや、大人であっても怯えそうな表情に、紗夏が一切動じないのは、その嗜好ゆえと言うよりは、慣れなのかもしれない。
だってあくまで紗夏の被虐趣味……というには度が過ぎているけれど、ソレは、好きな相手に対してだけだ。他人から向けられる虐げなんて、彼にとっては暴力でしかない。
こんな隼也に慣れてしまっているのなら、それはそれで、とても悲しいし、やるせないものがあるけれど。
紗夏の表情が歪んだ。怯えというよりは、呆れと嫌悪に。「何度も言ってますけど」発せられた声は、付き合いがひどく短いとは言え、そんな中でも聞いた事がないほど冷え切っていた。
柚陽 でさえ一瞬驚いたところを見るに、滅多にないこと、ほとんどない事なんだろう。それでも柚陽は、納得したように「そうなるよねー」なんて、陸斗 にだけ聞こえる声で漏らしたけれど。
「隼也さんに付き合う相手を指図される覚えはありません。オレの家族でもなんでもないでしょう? それに今の隼也さんの方が、よっぽと危険だと思いますよ」
呆れを湛えて。隼也を侮蔑の目で見て。
そうして紗夏が冷え切った声で口にした言葉に、隼也の取り繕った微笑みは瓦解した。
ともだちにシェアしよう!