419 / 538
7
信じられない、とばかりに目は見開かれ、口端はひくひく……なんて言い方が生やさしく感じられるくらいに引きつっている。びくびく痙攣しているかのような有様だ。
足がガタガタと震えているのが、陸斗 の目にもはっきりと映る。左手も震えているというのに対してナイフを握る右手だけは、固く固く強く強く結ばれている。まるで、接着剤か何かでナイフもろとも貼り付けられたように。
「な、なぁ、月藤 ? お前、良い子だから分かるよな? 柚陽 の方がおかしいとか、そんな考え持ってたらお前の身が保たないとか、分かる、よな?」
じっと、紗夏 だけを見つめて隼也 は問い掛ける。唇は相変わらず震えているから声も震えていて、聞き取りにくい。
ただ、それで良かったと陸斗は思う。地の底から這い出るような、とでも言うんだろうか。ホラー映画で聞かされる呪詛のソレよりも、遥かに禍々しくて、刑事ドラマの快楽殺人者が語るソレよりも狂気が満ち満ちている。多分、傍らで聞いてるオレでも聞いたら恐ろしさに気が狂いかねないし、まだ高校生の紗夏に聞かせたい声じゃないっす。
紗夏が首を横に振ればどうなるかなんて、分かりきっているけれど、分からない。
間違いなく最後の理性を容易に断ち切るだろう。もっとも今の隼也 に理性があるかは定かでないが。
辛うじて紗夏と話すために、紗夏を自分の方に引き寄せるために、繕っているだけで既に崩壊してるんだろうけど。
ただ残り少ないその理性、「紗夏を怯えさせないために取り繕う」というなけなしのソレさえ、崩れるだろう。
そう。崩れるだろうことは、分かる。
ただ、崩れた結果どうなるかが、分からないだけで。
「ごめんなさい、柚くん。陸斗さん。少し、巻き込みます」
隼也を真っ直ぐに見据えていた紗夏が、目を逸らして柚陽と陸斗を交互に見つめる。その両目には不安や罪悪感が湛えられていた。
そんな紗夏に柚陽は笑う。明るく、無邪気で、でも普段とどこか違うような笑顔。陸斗が見たことないようなものだった。
「良いよ良いよー、気にしないで。オレもアイツ嫌いだし、むしろ巻き込んで! ……でもさぁ、紗夏がケガするようなことは頂けないから、ね?」
それだけで紗夏は満面の笑顔になるんだから、やっぱり紗夏は柚陽のことが大好きなのだと思う。
でもまだ心配そうに陸斗を見るのは、礼儀正しさとか、そういうの。もしかしたら、ここが陸斗の、「陸斗が大切な人を待つ家」だというのを、気にしてくれているのかもしれない。
紗夏を元気付けるのに遠く及ばないだろうが、陸斗も軽く微笑んだ。
「別に良いっすよ」
「ありがとうございます!」
そう言って柚陽と陸斗に、……つーかほとんどは柚陽になんだろうけど、笑ってみせた紗夏の笑顔は、まるで花が咲いたかのようなそれで。明るくて、綺麗で、愛らしくて。
でも再び隼也と向かい合った時、そこには一切の表情が削げ落ちて、ただただ虚ろに無感情な瞳を、隼也に向けるだけの顔が残っただけだった。
ともだちにシェアしよう!