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 信じられない、とばかりに目は見開かれ、口端はひくひく……なんて言い方が生やさしく感じられるくらいに引きつっている。びくびく痙攣しているかのような有様だ。  足がガタガタと震えているのが、陸斗(りくと)の目にもはっきりと映る。左手も震えているというのに対してナイフを握る右手だけは、固く固く強く強く結ばれている。まるで、接着剤か何かでナイフもろとも貼り付けられたように。 「な、なぁ、月藤(つきとう)? お前、良い子だから分かるよな? 柚陽(ゆずひ)の方がおかしいとか、そんな考え持ってたらお前の身が保たないとか、分かる、よな?」  じっと、紗夏(さな)だけを見つめて隼也(しゅんや)は問い掛ける。唇は相変わらず震えているから声も震えていて、聞き取りにくい。  ただ、それで良かったと陸斗は思う。地の底から這い出るような、とでも言うんだろうか。ホラー映画で聞かされる呪詛のソレよりも、遥かに禍々しくて、刑事ドラマの快楽殺人者が語るソレよりも狂気が満ち満ちている。多分、傍らで聞いてるオレでも聞いたら恐ろしさに気が狂いかねないし、まだ高校生の紗夏に聞かせたい声じゃないっす。  紗夏が首を横に振ればどうなるかなんて、分かりきっているけれど、分からない。  間違いなく最後の理性を容易に断ち切るだろう。もっとも今の隼也(しゅんや)に理性があるかは定かでないが。  辛うじて紗夏と話すために、紗夏を自分の方に引き寄せるために、繕っているだけで既に崩壊してるんだろうけど。  ただ残り少ないその理性、「紗夏を怯えさせないために取り繕う」というなけなしのソレさえ、崩れるだろう。  そう。崩れるだろうことは、分かる。  ただ、崩れた結果どうなるかが、分からないだけで。 「ごめんなさい、柚くん。陸斗さん。少し、巻き込みます」  隼也を真っ直ぐに見据えていた紗夏が、目を逸らして柚陽と陸斗を交互に見つめる。その両目には不安や罪悪感が湛えられていた。  そんな紗夏に柚陽は笑う。明るく、無邪気で、でも普段とどこか違うような笑顔。陸斗が見たことないようなものだった。 「良いよ良いよー、気にしないで。オレもアイツ嫌いだし、むしろ巻き込んで! ……でもさぁ、紗夏がケガするようなことは頂けないから、ね?」  それだけで紗夏は満面の笑顔になるんだから、やっぱり紗夏は柚陽のことが大好きなのだと思う。  でもまだ心配そうに陸斗を見るのは、礼儀正しさとか、そういうの。もしかしたら、ここが陸斗の、「陸斗が大切な人を待つ家」だというのを、気にしてくれているのかもしれない。  紗夏を元気付けるのに遠く及ばないだろうが、陸斗も軽く微笑んだ。 「別に良いっすよ」 「ありがとうございます!」  そう言って柚陽と陸斗に、……つーかほとんどは柚陽になんだろうけど、笑ってみせた紗夏の笑顔は、まるで花が咲いたかのようなそれで。明るくて、綺麗で、愛らしくて。  でも再び隼也と向かい合った時、そこには一切の表情が削げ落ちて、ただただ虚ろに無感情な瞳を、隼也に向けるだけの顔が残っただけだった。

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