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「オレは自分の恋愛観が他の人には理解されにくいとは思っています。でも、隼也 さんの言ってることは、分かりません」
「いや、だからなに言ってんだよ、月藤 ……」
隼也の声がひどく震えている。自分の考えを分からないと返し、おそらく更に否定的な言葉を紗夏 が続けるだろう事への、恐怖と怒りに。
けれどいつのまにか、体の痙攣は止まっている。右手に握り締めたナイフを、更に強く、キツく握って。
目が据わっていて、ナイフをしっかり握りしめている。それでいて、声は震えて。どこか脅す様なトーンで「なに言ってんだよ」なんて責められでもすれば、大抵の人間は怯えるだろう。逃げ出したっておかしくない。
しかし紗夏は逃げる事なく、隼也をまっすぐに見つめ返す。それでも恐怖は感じるのだろう。僅かに紗夏の体がぴくりと跳ねて、震えた。
それでも紗夏はまっすぐに隼也を見つめたまま、隼也の最後の理性を。
もう、「理性」なんて呼べる上等なもの、とっくに崩壊しているだろうに、紗夏と話すためにどうにかこうにか寄せ集めただけのハリボテさえも壊すべく、
「オレは柚くんがおかしいとは思っていません。オレは柚くんが好きなんです。隼也さんにチョッカイを出されたくない、決め付けられたくない。そもそも、今の隼也さんの方がよっぽどおかしくて、危ないです」
「いやいや、だから、だからな? お前、ほら、きっと柚陽 に感化されておかしくなっちまったんだよ。柚陽はどう考えてもおかしいだろうが」
「おかしくないです。隼也さんの方がよっぽどおかしい。だって隼也さんがしていることって、ただの暴力なんですよ。オレを好いていてくれてるなら、オレを傷付ければ良い。海里 さんや陸斗 さんを狙うのは、おかしいんです。オレとは無関係の人を、無関係な理由で傷付けて。オレのこと、隼也さんの思い通りに動かしたいだけじゃないんですか。自分の気に喰わない人間を、オレをダシに傷付けたいだけなんじゃないですか?」
怯えながらも。震えながらも。紗夏がそう口にした途端。
おそらくは紗夏本人でさえ思った様に、隼也は搔き集めていたハリボテの理性さえも打ち崩して。
「黙れよ、月藤!!!」
隼也は持っていたナイフを、紗夏に向けて振り上げた。
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