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「柚くん、なんで、なんでですか?」 「なんでって言われても、なぁ。咄嗟に体が動いちゃったんだもん、って感じ。というか、そもそも言ったでしょ? 傷付けられるな、って」  顔を真っ青にして慌てふためく紗夏(さな)に対し、柚陽(ゆずひ)はいつも通りだ。刺されたと言うか、刺されに行ったと言うか。そんな状況であるにも関わらず、無邪気な声で紗夏に返して、いつも通り、こてん、首を横に傾げる。  その答えは、紗夏を誤魔化しているようにも聞こえるけれど、本音にも聞こえた。「なんでこんなことをしたのか、わかんない」そんな困惑が、柚陽の大きな目に浮かんでいる。  それでも多少理由は分かるのか、「でも1つくらいなら理由は言えるよ」と柚陽は微笑む。さすがにと言うべきか、応急処置を始めるその手つきは、ひどく手慣れているようにも見えた。  そうした血生臭い中で柚陽の童顔に浮かぶ無邪気な笑顔は、不自然なことこの上ない。それでも少なくとも陸斗(りくと)には、不気味さよりも安堵を抱かせた。 「紗夏はオレのでしょ? オレに、代用品で良いから、いくら傷付けられても良いからって言ったんでしょ? そんな紗夏がオレ以外に傷付けられるのが嫌だったんだよねぇ」  柚陽が告げた言葉に、紗夏の頬がわずかに赤く染まる。まあ、それもそうっすね。「そんな場合じゃないだろ」なんて無粋なことは言わない。  傷付けること、傷付けられることを愛情表現にしてるっていうのは、やっぱどうしても理解できないっすけど。それでも、そんな2人にとって「自分以外に傷付けられるのは嫌だ」なんて最高の文句なんだろう。  特に紗夏は「代用品」って立場だったから、なおさら嬉しいんだろう。それこそ、この状況でもつい、頬が赤くなってしまうほどに。  「紗夏のほっぺ、リンゴだねぇ」なんて笑う柚陽と、「と言うかそうですよ! 病院、病院行かないと」なんて我に返って焦り出す紗夏の様子は、こんな状況でもつい、微笑ましいとさえ思ってしまう。 「そうだねぇ。病院も行くんだけど、その前に1つ良いかなぁ?」  こてん。視線を紗夏から隼也(しゅんや)へと移して、柚陽は首を傾げた。隼也はぼうぜんと立ち尽くしたまま、ぴくりとも動かない。刺されたのは柚陽の腕だというのに、まるで自分の心臓でも貫かれたように。  あれだけの犬猿振りを見れば柚陽が隼也の答えを待つとは思えないし、事実隼也が何かを返すのを待つことなく、「ずーっとお前に言いたかったんだぁ」柚陽は弾んだ声で自分勝手に言葉を続けた。 「こうやってさ、暴力に訴えること自体を、オレは止めないよ? たださぁ、愛もないのにこんなコトするの、そろそろいい加減にしなよ。ちゃぁんと愛を持って振り下ろさないと、め! だよ?」

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