425 / 538

形に収めて、形に収まる

「だって、だって月藤(つきとう)は、月藤は」  陸斗(りくと)の声が届いたことによる反論なのか、はたまたただのうわ言なのか。表情だけを見れば後者だろうと思えるほど、虚ろにぼんやりとした目でブツブツと呟く隼也(しゅんや)は陸斗を見てはいない。ぼんやりと、どこか遠くを眺めている。  いや、そもそも“どこか”を“眺めて”いるんだろうか。ただ「たまたま目線がそっちに置かれていた」だけにも映るし、その方がしっくり来る。  そうした状態で「月藤、月藤、月藤」と呟き続けるサマは、先ほどまでと比べればインパクトに欠けるものの、やはりちょっとしたホラーだ。血まみれ、突然のおどかしといった派手なタイプではなくて、じわじわと内心から不快感を呼び起こすようなやつ。  ぶるっ、体が僅かに震えたのは、それなりに出血してたから、という理由だけじゃないだろう。 「あー、もしもし、隼也ー? とりあえず戻ってきてくれねぇっすかね?」  紗夏(さな)にまで刃を向けた人間だ。陸斗の言葉が意味を成すとは思えないが、それでも一応声を掛ける。  予想外なことに、隼也の虚ろな目がのろのろと動いて陸斗の方で定まった。  それでも陸斗の話を聞く気なんてないらしく、「なあ、なあ、陸斗」言いながら、手を陸斗の方へ伸ばす。弾みで高い音を立ててナイフが地面に落ちた。  刺されたことさえ認識してる暇はなかったとはいえ、一応自分を刺した人間だ。そうでなくても、ゆっくりと伸ばされた手には、異界へ引きずり込もうとする異形の手めいた恐ろしさがある。反射的に後ずさっても仕方あるまい。  直後陸斗の胸によぎったのは、そうした開き直りではなく、「相変わらずオレは情けないっすねぇ」なんていう自己嫌悪めいた呆れと、隼也を下手に刺激してしまわなかったかという後悔を伴う警戒なのだけど。 「なあ、陸斗。お前、アイツのことが、アイツの主張が、分かるのか? なんで、なんでアイツは月藤を庇った? なんでなんで、オレは、オレは月藤を、なのになんでオレじゃダメなんだ?」  伸ばしてきた手の、指先がかすかに触れれでもしたら、隼也は一生陸斗を離さないのではないか。そう思わせるだけの威力がそこにあった。  とは言え現状の隼也に「聞く耳」や「理解」を期待する方が無理だろう。「はあ」陸斗は大きなため息を1つ漏らす。  大袈裟にも聞こえるそれは、しかし紛れもなく陸斗の本心だ。 「オレなりの答えは言うんで、とりあえず今は帰ってくれないっすか? オレはここの掃除もしたいんすわ。もし帰らないなんて言うなら、オレは一切なにも言わないっす」  果たしてその言葉の効果か。ゆらりゆらりと、ふらふらと。そんな危なっかしい足取りながら帰っていく隼也の背中を見つめながら、ずるり、脱力したように隼也はその場に座り込む。  前髪を搔き上げるように頭を抱えて、盛大なため息をもう1度。 「はあ、まずは掃除からっすねぇ。家にある道具で足りるかな?」  扱いに厄介なナイフを隼也本人が持ち帰ってくれたのは、幸か不幸か。  それでも面倒なことには変わりない赤黒い汚れたちに際限なく漏れてきそうなため息を、またもや漏らしつつ。  陸斗は掃除をするために、立ち上がった。

ともだちにシェアしよう!