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 え。その言葉で陸斗(りくと)の思考が止まった。もちろん、嬉しくないなんてそんなはずはなくて。ただ、嬉しさだけでは語れないものがあって。  思わず黙り込んだ陸斗の思考を、まるで本人さえ分からない部分まで悟っているかのように、波流希(はるき)がやわらかく微笑んだ。それは、やさしいだけじゃなくて、どこか寂しげな苦笑まじりのものであったけれど。  「だからね」。それでもやさしく微笑みながら、波流希は言葉を続ける。 「海里(かいり)は少し、不器用かもしれない。大げさかもしれない。空斗(そらと)にそうしたみたく、海里の愛情は……やっぱり、自分で勉強しただけで、経験は伴ってないから。だから、初めて好きになった陸斗くんにも同じ……正確に言うと、陸斗くんにはなおさら、慎重になってるんだよ」  それは付き合ってる間、陸斗が気付かなかったことだ。でも付き合っている時も、今思い返してみても、あの日々は幸せだった。それは、やっぱり、海里のおかげなのだ。 「自分の両親は夫婦なのに、相手を特別扱いしなかった。それをおかしいって思った海里はね、自分が好きになった人は特別扱いしようって、うんと愛を捧げようって思ったんだ。まあ、ここまで幸せになってほしい、って願ったのは、海里がそれだけ陸斗くんを大好きだってことなんだろうけど」  微笑んで告げる波流希の言葉に、つきり、陸斗の胸は痛む。  その言葉が本当なら、オレは海里の全部を台無しにして、踏みにじってしまったんだ、と。

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