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 はあ。1つ、陸斗(りくと)は溜息を漏らした。連絡を受けた夜からずっとこの調子であるから、トータルすれば2つ3つどころか、両手両足の指を合わせても足りないくらいの数、溜息を漏らしているけれど。  隼也(しゅんや)から「明日、話せるか?」という連絡が来たのは昨日の夜。隼也がナイフを振り回した、2日後。まだ陸斗の傷も生々しいというか、包帯が取れてさえいないし、苦々しい記憶だってまだまだ鮮明だ。  それでも「良いっすよ」と返したのは、野放しにしておく方が恐ろしいからだ。また暴走されて今度はもっと大ケガを負わされたり、最悪殺人事件に、なんてなったら。それに海里(かいり)が巻き込まれたら、なんて想像するのも恐ろしくて、結果陸斗は了承したのだ。  ただし、「人目がある所」というのを条件に挙げて。隼也もそれに頷いたし、バカなことはしないだろう。最悪プッツンされたら……まあ、その時っすわ。  待ち合わせ場所であり、話し合いの目的地でもある喫茶店までの道のりがひどく遠く感じられる。ケガしたのは腕だし、たいした事ないのに、足がやけに重いっす。半ば引きずるような歩き方になっている様な気さえする。  一応了承したとはいっても、自分の言葉を果たして隼也が聞くのか。それは陸斗も分からないし、自分が上手く伝えられるかも分からない。それでも、まあ。 「海里に危害が加えられる危険性があるなら、潰す。今更っすけど、オレに今できるのが、それくらいっすからねぇ」  気を引き締めようと、ぽつり、呟いた。(みなと)たちに聞かれれば「それはそれとして、自分の身を盾にしすぎるな」なんて、彼等が口にするには少し妙にも思えるお小言をちょうだいしてしまいそうだけれど。  カラン。  扉の開閉時に揺れる、洒落た鐘の軽やかな音は、どこまでも陸斗の気持ちと正反対だ。油断すれば足が床に沈んでしまいそう。 「……陸斗」 「……隼也。ああ、ツレがいるので大丈夫っす」  まだ来ていなければ良いなと思う反面、待っている時間も気が重かっただろうから、どっちもどっちだ。軽く手を挙げて自分の場所を示した隼也の名前をぽつり、呟く。席を案内してくれようとしていた店員には、それでも普通に伝えられたと思う。  ますます重くなった気がする足を引きずって、陸斗はどうにか隼也と向かい合う格好で席に着いた。

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