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 今隼也(しゅんや)はなにを言った? 単純な言葉だったはずなのに理解できない。あるいは、「理解したくない」とでも言うんだろうか。脳内で隼也の言葉を復唱する。「分かると思った」「こっちを向くと期待した」だから、 「紗夏(さな)を、刺した……?」  思わず言葉を繰り返す。自分で発した言葉なのに、やけに遠くから聞こえているような、自分の言葉ではないような気さえする。まるで現実味がない。  呆然としている陸斗(りくと)の前で、隼也は渋い顔をしている。まるで柚陽(ゆずひ)を前にしている時のような、苦々しいしかめっ面。頬杖を着いて、「そうなんだよなぁ」なんて軽い口調で言っている。  まあ、「軽い口調」って言っても、そこにはイラっとしてる感じも含まれてるけど、それどころじゃない。今、コイツは、とんでもないことを言わなかっただろうか。 「だってアイツは、ソーイウのが好きなんだろ? だから少しは意識してくれるんじゃねぇかなーって思ったのもあるし、実際やってみれば少しは理解できると思って。でも、ダメだったわ」  苛立ちつつも軽い口調で言う隼也の言葉が、どうにも理解できない。声は聞こえているはずなのに、言葉として理解ができないのだ。意味を持たせられない、って言うか。ただの音の組み合わせに聞こえてくるっす。  気付けば自分の手はテーブルの上で拳を作っていて、それは小刻みに震えていた。殴り掛かるのを堪えているのか、恐怖に耐えているのか。自分のことなのに、それすら定かじゃない。 「アンタ、なんてこと……なんてこと、してるんすか……」 「なんでお前がそんなに怒ってるんだよ?」  隼也が心底不思議そうに聞いてきて、自分が怒っているのだと自覚する。なんで、って、それは。 「別に海里(かいり)を傷付けたワケじゃないって。なのに怒るってことは、お前、月藤(つきとう)を狙ってるのか?」  さっきまで心底不思議そうな顔をしていた隼也が、今度は怒りに満ち満ちた顔に変わる。肯定を返そうものなら、人目なんて気にせず刺してくるかもしれない。そう思わせるだけの気迫があった。  首を横に振った理由は、純粋に答えが「否」だったからだけど。  陸斗の否定が本音だと知って安心したのか、隼也がニカッと笑ってみせる。その明るい笑顔がどこか不気味で、非常事態でも無邪気な笑顔を絶やさなかった柚陽を嫌でも彷彿とさせた。  この場の緊張も加わって陸斗から水分を奪っていく。 「だよなー。今のお前も、アイツと付き合う直前までのお前も、海里一筋! って感じだし。ま、好きじゃない相手ならどうなっても良いんだろ?」 「そりゃあ今まではそうだったっすけど、今はそうも言ってられないっていうか。一応知らない相手じゃないんだ、気にはなるっすよ」

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