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「以前の自分」について指摘されてしまうと、分が悪いと言うか、気まずい。なんせ隼也 が言った通り、当時の陸斗 は海里 以外、文字通り「どうでもよかった」。
目の前で紗夏 が刺されるのを見たとしても、あの時の自分はなんら興味を持たなかっただろう。せいぜい、「海里じゃなくて良かったっす」くらいしか。
でも、今の陸斗は違っていた。もちろん、恋情を寄せているのは海里に対してだけだ。それでも関わっている時間はひどく短いとはいえ、知った相手。それも悪い印象を持っているワケでも、なにか害を加えられたワケでもない相手。
そんな相手を「ちょっと刺してみた」なんて言われて動じないほどの非情さは、もはや残っていなかった。
……これが柚陽 なら、まだオレは言葉を呑めたかもしれないのに。
まだ、救いがあったかもしれないのに。
「アンタ、ほんと、ダメっすよ。紗夏のこと、なんだと思ってるんすか」
「月藤 のことが心配なんだ。なら月藤に少しは歩み寄るべきだろうし、月藤がコーイウのを好いているなら応えるべきだろ?」
「好きな人以外にやられて、幸せだと思うんすか?」
「喜ぶコトをすれば、もしかしたらオレの方を見るかもしれないじゃないか」
ああ、もしかしたら、なにも間違えていないのかもしれない。紗夏の恋愛観が「好きな人に壊されたい」というものじゃなければ。隼也がその意味をきちんと受け止めていれば。
紗夏は「壊されるのが好き」なんじゃないのに。“好きな人”に、「柚陽に壊されたい」と願っているのに。隼也は、そんな致命的な部分を見落としているのだ。
もしかしたら、敢えて見ていないだけかもしれない。
「で? 紗夏の容態はどうなんすか?」
「さあ?」
「こんなトコではぐらかさないでほしいっす。別に紗夏に恋情を寄せてるワケじゃない、顔見知りの心配をしてるだけっすよ」
このまま隼也に説いても意味がない。そう判断して陸斗は紗夏の容態を聞くものの、隼也は肩を竦めて首を傾げるばかりだ。
こんな時にはぐらかして何になるというのだ。苛立ちながらも告げた言葉の返答に、陸斗の心は凍って、頭にはカッと熱が生まれた。
「刺したし、キスしたし、嫌がるからまた刺したり、色々シたんだけどさ、それでも抵抗するから1度放置してみようと思って。だからどんなケガをしてるのか、知らないんだよなぁ。ちゃんと見ておくべきだったのか?」
このまま話しているべきじゃない。他にすることがある。
冷たい心と熱い頭のまま、それでもそう考えれば、陸斗は半ば叩き付けるように飲食代をテーブルに置いて、店から飛び出した。
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