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「ゆず、ひ……」
驚きつつ、思わずその名前を呼んだ。連絡先に伸ばしていた手をゆっくり下ろした。紗夏 のことを伝えるために電話をしようとしたのに、いざ本人を前にしてしまうと言葉が出てこないものか。つくづく情けないっすねぇ、オレは。
でも苦笑も出てこない。どうにか言葉を絞り出して、「もしも」「最悪」を避けなければ。たとえどんなにみっともなく、声が震えていたとしても。
「柚陽 。その、話が」
思えば「りっくん」と呼ぶ声が、少し違って聞こえたのは。でも、違和感をさして抱かなかったのは。
無邪気さを削ぎ落した柚陽に、柚陽の本性に、少し「慣れて」しまっていたのかも、しれない。
普段のものとどこか違う声。それは隼也と話している時とも、自身の恋愛観について語る時とも、異なっていたというのに。それに気付いたのは「りっくん!」遮るようにもう1度名前を呼ばれた時だった。
反射的に体に力が入り、絵に描いた様な「直立不動」の姿勢になる。そんな背中を冷汗だけが伝っていた。
「アイツを、隼也 を知らない?」
隼也。柚陽の口から出てきた言葉に、陸斗の心拍は跳ね上がった。今まさに、柚陽に伝えようとしていた名前。それが柚陽の方から発せられた。
身長差のため陸斗を見上げる形になる両目は冷え切っていて、感情が読みにくい。それでも確かにそこには、怒りや憎悪が湛えられている。その感情を向けられているワケではなくても、思わずぞっとしてしまうような。
「……今、そのことで相談しようと思ってたんすよ。隼也が紗夏 を」
「うん、知ってるよ。知ってるから隼也に会いたいんだ。アイツ、よりにもよって紗夏を! オレの猿真似以下のやり方で」
落ち着いた声音で淡々と話しながらも、表情から燃えるような憎悪は消えない。ガリッ、親指の爪を折らんばかりの勢いで噛み締める。
柚陽が知ってるってことは、とりあえず「最悪」の可能性は避けられたと思えて良いんだろうか。少なくとも、本当に少なくとも、どこかも分からない場所で放置されているとは思わなくても。
知らず目に、わずかな期待でも籠っていたのだろうか。柚陽が小さく苦笑を浮かべた。一瞬だけ、柚陽から憎悪が消える。でもそれは本当に一瞬で、すぐに憎々しげな顔に戻れば「アイツが」目を伏せて言葉を吐き出す。
「アイツが紗夏を刺した。良かったのか悪かったのかは分かんないけど、紗夏は命に別状はない、ってさ。ただ、アイツのせいで紗夏はおかしくなっちゃったし、もしかしたら歩けなくなるかも、って。足がぐちゃぐちゃで、本当……醜かった。紗夏の足は綺麗なのに。オレがいくら壊しても、壊れかけてるトコさえ綺麗なのに」
ぐしゃ、柚陽の手が、自分のふわふわとした髪を掻き上げる。掻きむしる。憎悪を湛えた目が、まるで泣きそうに揺れていた。
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