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「もっとこっちに来てください」なんて震えた声で言われれば、無視も出来ない。それでも1歩近付くだけでビクッと体を跳ねさせる紗夏 に近付くことも出来なくて、病室の中腹くらいで足を止めた。ベッドには手をどんなに伸ばしても届かない距離だけど、はっきりと互いの顔は見えるだろう距離だ。
どうやらそれは紗夏にとって適切だったようで、小さな微笑みがほんの一瞬だけ浮かんだのが確認できた。それさえすぐに、悲し気な色に取って代わられてしまったけれど。
「……オレはそんなに中途半場に見えるんでしょうか?」
ぽつり。紗夏が呟いた。独り言なのか答えを求めているのか判断しかねて、陸斗 は一瞬言葉が出てこなくなる。
紗夏は小さく首を傾げて「オレは」なおも言葉を続けるから、どっちが正解なのか、やはり分からない。
「オレは隼也 さんにハッキリ伝えていたつもりです。あなたじゃダメなんだって。他の誰でもダメで、柚くんだから良いって。友達付き合いにしてもそうで、隼也さんに、それはちゃんと、ちゃんと、あ、言った、言ったのに、やだ、嫌です、寄るな……ッ!!!」
「紗夏」
そこまでパニックを起こしてしまっては放っておけない。
もちろん抱きしめることなんて出来ないし、声を荒げれば却って怯えさせてしまうだけだろう。それでも紗夏の考えを逸らせればと、なんて言うべきかは決まらないままに陸斗は紗夏を呼んでいた。
果たして紗夏は自分の髪を掻きむしるように頭を抱え込むのを止めて、どろっとした、虚無を煮詰めた様な目を陸斗に向けた。ずっと見ていると引きずり込まれそうだ。恐ろしい。自分の中の“嫌な記憶”を、あまりにリアルに呼び起こして、そこに突き落とそういった意思を感じられる。
利口な人間なら直視しない。いや、できないだろう。人間どうしたって自分の身をかばってしまうものだ。それでも陸斗が紗夏を見つめ続けたのは、海里 と重なってしまったという身勝手な理由であり、海里の無事を得るための約束に絡んだ打算であり、純粋に紗夏を案じる気持ちからだった。
顔見知り、それも自分達に良くしてくれた相手となれば、放ってなんておけない。
「……あ」
なにかに気付いたように紗夏は小さく漏らして、底のない闇色の目に、僅かながら感情が宿った。
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