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「情けないところを見せてごめんなさい。その、」 「別に情けないなんて思ってないし、無理して言う必要もねぇっすよ」  「隼也(しゅんや)さんがいたと思って」。おそらくは、そんな事を言おうとしたのだろう。また目が濁っていく紗夏(さな)を引き留めるように、陸斗(りくと)は声を掛けた。  気休めにすらならないのでは、と不安だったものの、どうやら気休め程度にはなってくれたらしい。濁りかけていた紗夏の目は寸でのところで留まり、代わりにじわりと涙が浮かんだ。「ありがとうございます」と告げた声は、涙声気味に震えている。 「……陸斗さん、教えてもらえませんか?」 「オレで答えられることなら、良いっすよ」  不安げな紗夏の声に、陸斗は応じる。安請け合いでは、決してない。偽善者ぶるつもりも。無責任なことは言いたくない。だからと言って顔見知りがこうも傷付いた様子を見たくはない。だからこその返答だ。  そんな返答の真意を、普段の紗夏であれば正確に読み取るだろう。果たして今の紗夏が“そう”なのかは、陸斗には分からない。それでも小さく、本当に小さく紗夏は微笑んで「オレは」言葉を切り出した。  なにか不安があるのだろう。それともまた、恐怖に触れようとしているのか。手は小刻みに震えていて、それを誤魔化そうとシーツを握り締めていた。  本人は強く強く握り締めているつもりなのかもしれない。実際にはほんの少し、摘まんでいるような力しか、掛けられていなかったけれど。 「柚くんは、オレのことを嫌ってしまった、でしょうか? オレはもう、柚くんに捨てられてしまうんでしょうか? 捨てられてしまったから、柚くんはいないんでしょうか?」

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