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時間にすればそれほど長くない、2分に至るかどうかといった程度の時間だけれど、紗夏 はぼろぼろと涙を流し続けた。声を荒げて泣きじゃくるではなく、ただただ溢れてくる涙を堪えず、素直に流しているといった様子。
それは、全部の事情を知らず、その光景だけを見れば、思わず息を呑むような美しさで。僅かでも事情を知ってしまえば、ずきりと胸を痛めるもので。
ほとんどの事情を知っている上、「無関係な第3者」にはどうしたってなれない身では、胸の痛みと同時に、僅かな安堵を抱くものだった。
柚陽 が紗夏を捨てたワケではないと、紗夏は納得してくれたのだ。頭でも、心でも。
まだ紗夏が柚陽を想っているのは明らかであったし、だからこそ「柚くんはオレを捨てたんです」なんて紗夏が思っているのは辛かった。
柚陽は紗夏を捨てるどころか、自身が長らく持っていただろう意思を捨てた。それほどまでに柚陽の中で紗夏は大切だったのだ。もっとも、それを紗夏に明かしてしまえば、喜ぶどころか自責の念に囚われるだろうことは分かったから、口には出せないが。
今、自分が撫でれば怯えさせることなんて明らかだったので、陸斗 にできるのは紗夏が泣き止むのを待つことだった。
泣くのを止めた紗夏の表情は、さっきよりは少しだけ穏やかだった。怯えや恐怖や、そういった感情が少しやわらいで、まだ寂しそうではあったけれど、そっと陸斗に微笑みかけた。白い肌が本当にほんのりと朱色になっている。
「恥ずかしいトコ、見せちゃいました」
「別に恥ずかしいなんて思ってないし、自分の感情をあんまガマンするもんじゃねぇっすよ」
もちろん、自分の感情だけを優先させて良いワケはないけれど。少なくとも紗夏はもう少し自分の気持ちをぶつけて良いだろう。この子、大事な時に口を閉じるタイプな気がするんすよね。
感情云々については身に染みている部分もある。もしあの時、怒りの方に暴走させなければ。怒りを抱くにしても「なんで他人の子をそこまで」って聞けれいれば。
紗夏はそんな陸斗の感情を読み取ったのか、わざとらしくくすくすと笑ってみせた。まだ、ちょっとだけヘタクソな笑い方。
「折角陸斗さんがくれたアドバイスなので、しっかり刻んでおきますね」
「う。改めて指摘されると胸が痛いっすねぇ」
「でも海里 さんは陸斗さんを許していると思うんです。違う、初めから怒ってさえいなかったのかも。失礼なこと、言っても良いですか?」
紗夏が小さく首を傾げて、長めの黒髪が揺れた。まだまだ記憶の中の紗夏と比べると疲れが見えるけど、少しずつマシにはなってきている。
オレがいることで少しは役に立ててるんすかね? それなら、と思って陸斗は頷いた。
「なんでも言ってくれて良いっすよ?」
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