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アイについて
「………海里 さんは、怒っていないというか、嬉しかった……と言うと違いますね。でもオレと少しだけ、似ているのかも、しれません」
紗夏 は陸斗 の方を窺いながら、「おっかなびっくり」と言った風にそう告げた。
話を切り出した時は「そんなに怯えなくても良いのに」と思っていたが、なるほど、コレを陸斗に、それも“ある程度事情を知っていて”切り出すのは、それなりに戸惑うだろう。よっぽど無神経か、意図的に地雷を踏み抜くのでもない限り。
確かに陸斗の心はだいぶ痛んだし、相手が相手なら激高していたかもしれない。踏みとどまれたのは紗夏の容態もあるし、紗夏の考え方には、ちょっと思うトコがあるから、っていうのもある。
まあ、完全に痛くない、って言えないけど、怒るほどもないって感じっすね。陸斗は自分の心境を、どこか他人事のように判断してから、苦笑を浮かべた。
責めてるように聞こえてしまわないよう注意して、「どうしてそう思ったんすか?」と聞いてみる。
自分で聞こえた限りでは声音は普段と変わってないし、語尾がキツい、なんてこともなかったと思う。言葉遣いは、もしかしたら、もっとやさしく言えたかもしれないけど、生憎と普段からこんな感じだ。
紗夏は少しだけ自分の身を緊張させて、「えっと、その」なんて気まずそうに目を伏せた。
紗夏の気を少しでも紛らわせたくて話しているのに、これじゃ本末転倒だ。「怒ってるワケじゃないっすよ?」穏やかに言えば、「ありがとうございます」と返ってきた。
それから、深呼吸を数回。紗夏はじっと陸斗を見つめながら、自分の手を、おそるおそる自分の胸元に添えた。指先がかすかに震えている。
自分で自分に触れるだけでもコレなんて、隼也 はどんだけのことをしたんすか。沸いた怒りは、けれど一旦片隅に追いやった。今陸斗がすべきは、隼也への怒りに燃えることではない。
「オレが柚くんに、好きな人に暴力を振るわれたいと思うように。好きな人が与えてくれるものは、なんだって嬉しい、そんな人なのかなって思うんです」
紗夏の言葉は、あの日、波流希 が口にした言葉を思い起こさせた。
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