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 陸斗(りくと)に対してだけ、「おバカさんなほどにやさしい」という海里(かいり)。  精一杯「世間一般」であろうと必死になって、自分の両親みたくなりたくないと、陸斗にうんと愛を捧げてくれた。だからこそ陸斗に対してだけは「陸斗が幸せならなにをされても良い」なんて、そんな姿勢を崩さずにいた海里を教えてくれた、波流希(はるき)の言葉を。  今痛いのは紗夏(さな)のはずで。  傷付いたのは海里のはずで。  陸斗はそんな紗夏を、せめて柚陽(ゆずひ)が戻ってくるまでの間、気を紛らわせるよう努めるべきだし、海里に対しては一生掛けても償うべきだ。  それでもずきりと痛んでしまう胸に、陸斗は苦笑を1つ漏らした。相変わらず情けないっすねぇ、なんて、自分で自分に呆れながら。  とは言えあまり黙り込んでいたら、紗夏にいらん誤解を与えてしまうだろう。少しでも紗夏の気を紛らわせようと会話しているのに、それで紗夏を傷付けてしまっては本末転倒だ。  柚陽のことは変わらず許せていないし、憎んでさえいるかもしれないけど、柚陽と同じようなことをしたことになってしまう。それも柚陽の場合は愛を抱いて、愛を捧げた結果なのに、こっちは己の無神経さで、というなんとも最低な理由で。 「あはは、海里は……オレに甘すぎるっすから」  頑張って浮かべた笑いは、情けないほどに乾いていた。  結局普通に笑うのは諦めて、まだどうにか上手く浮かべられそうな苦笑を貼り付け、頬を掻く。  心配になってちらっと窺った紗夏の顔には、ほっとしたような微笑みが、極々僅かにだけれど、添えられていた。それに陸斗も安心する。どうやら「成功」とまでは言わなくても、失敗はしなかったらしい。  「誰だって」。さっきまで恐怖や怯えだったり、無感情だったりが色濃く見えていたのと同じとは思えない、穏やかな光を湛えた眼差しで紗夏は切り出す。その目が一瞬遠くを、おそらく柚陽を見つめた。すぐに陸斗の方へと戻ったけれど。 「好きな人には甘くなってしまうものなんですよ」 「紗夏」 「オレだって、柚くんの願いならなんでも聞きたい。甘やかしたいって言うか、甘やかさせてほしいですもん」 「そっか」  「はい」と答えた海里の、穏やかで、あたたかな微笑みに、陸斗はどうにか同じような微笑みで応じる。応じながらも胸にはまるで、氷でできた刃が突き立てられたかのような。  冷たくて鋭い痛みを感じていた。

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