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それは、もう少し早くに聞けていれば喜ばしい事だったと思う。隼也 の1件さえなければ、柚陽 がずっと抱いていた自身の信念を捻じ曲げてさえいなければ、きっと陸斗 は素直に喜んだ。
もちろん、紗夏 との約束もある。これで海里 が狙われないという下心だって、結局自分からはもう、切っても切り離せない。
だけどそれとは別に顔見知りがようやく実らせた恋を、陸斗は素直に祝福できただろう。恨みさえ一瞬さておいて、仮に恨みを抱いていてもその一瞬だけは別問題として、柚陽にさえ笑って「おめでとう」と言えたかもしれない。
でも、少し遅かった。
今、ここに陸斗がいるのは、柚陽が己の信念を捻じ曲げに言ったからだ。「愛がない相手に暴力なんて振れないもん」なんて、無邪気に笑って、明るく告げていた柚陽は、復讐を果たすためにナイフを取った。
振り下ろしにいく相手である隼也に、果たして柚陽が1ミリでも愛を抱いているか。その答えは簡単だ。あの柚陽を見てしまえば、冗談でも首を縦には振れない。
でも、皮肉なことに。
隼也のせいで紗夏は傷付いて、隼也のせいで柚陽は自分を捻じ曲げた。それでも隼也がいなければ柚陽の中で紗夏は「他とは少し違う代用品」のままだっただろう。
今でもまだ、恋情は海里に向いているかもしれないけれど、それでもここまで紗夏を思ったのは、間違いなく、隼也の件が切っ掛けだ。
隼也の凶刃から自分を盾にしてでも紗夏を守った柚陽。紗夏を傷付けた隼也に復讐へ向かった柚陽。
紗夏本人は「柚くんにだけ傷付けられたい」「代用品じゃ満足できなくなった」って、柚陽に想ってもらうことを願ってこそいても、こんな風な形は求めていなかっただろうに。
「じゃあ、柚陽にいっぱい甘えて下さい、って言ってみたら? 結構柚陽、紗夏のお願いなら聞いてくれるかもよ?」
「ふふ、結局オレは柚くんに傷付けてもらえれば、それで良いんですけどね。もう贅沢は言えません。やっぱり代用品のままじゃ嫌ですけど、捨てられなかっただけで幸運なんですから」
「あんま柚陽を見くびらない方が良いっすよ? そう簡単に手放すヤツじゃないんで」
「捨てられなかっただけ幸運だから贅沢は言えない」なんて言った紗夏が、ちらっと自分の下半身を見つめたのは分かった。
足はしっかりと布団に覆われていて、見えない。その下になにがあるかは、容易に想像きた。“程度”については漠然としたものくらいしか、予測できないけど。
でもソレは他人が触れて良い部分ではない。ましてや土足でなんて、近付くことさえ許されない場所だ。
だから陸斗は気付かないフリをして、「柚陽を見くびらない方が良い」と微笑みまじりに言うくらいしか、できなかった。
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