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「……は?」  電話の向こうから聞こえた焦りきった声に、陸斗(りくと)は思わず聞き返す。言葉自体は単純だというのに、頭が意味を理解しない。あるいは、拒んでいるとでも言うんだろうか。  なんで? 今、(みなと)はなんて言ったっすか? 「柚陽(ゆずひ)が病院に運ばれた」? なんで。  まさか紗夏(さな)の前でソレを詳しく問うことも出来ず、かと言って声を潜めてしまえば「なにかある」と言っているような物だ。今の紗夏にはなおさら、聞かせられる話ではない。 「どういうコトっすか?」  極めて自然体を意識して、あまり身構え過ぎず、深刻にならないように。  言い聞かせれば言い聞かせるほど失敗してしまうものだとは思うが、どうにか自然な声音が出てきた、と思う。少なくとも自覚できるほどの震えはなかった。  紗夏は、少なくとも、ちらっと窺った限りでは少しきょとんとしているだけで不審に思っている様子はない。  喉が異様に渇いている気もするけど、無視を決め込む。 「あー、っと。そのまま、そのまま、だ。オレもよく分からねーけど、柚陽が病院に運ばれて、ケッコー、傷もヤバいっていうか、状態が良くねぇんだよ」  港の言葉を聞けば聞くほど、理解できるどころか、パニックの波が押し寄せてきそうだ。それをなんとか、脳に流れ込む前に押し留める。少しでもパニックに触れてしまったら何もかも崩れていってしまいそうだ。  控えめに、極々控えめにケータイを掴む手に少しだけ力を込める。紗夏の目には入らない方の手で。 「つーか、そっちに来たんすか?」 「いや、まあ、こっちじゃねぇよ。ただ、先輩が教えてくれた」 「そっすか。一応場所を教えてもらっても良いっすか?」  港から聞かされた病院名を脳内に刻み込む。まあ、遠くはないし、家から行ける距離だろう。  でもこの病院からそこまで近くもない。下手を打たなければ紗夏の耳に入れずに済むだろう。一応「慎重にいけ」と刻んでおいた方が良いだろうけど。 「一応またあとで連絡するっすわ」 「ああ、頼む。つーか、あれだな、お前じゃなかったら意味ないかもしれないけど、紗夏を1人にするのも心配だから先輩に行ってもらうか?」 「無駄足にさせちまったら申し訳ないけど、お願いしとくっすわ」  それで1度会話を打ち切って、電話としての役目を終えたケータイを元の場所へと仕舞う。一応は電源を入れたままで。

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