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 柚陽(ゆずひ)が病院に運ばれたなんて知ったら。それも、「復讐」のためにナイフを握った結果だと気付かれてしまったら。紗夏(さな)がどんな反応をするかなんて、想像することさえ恐ろしい。  もしも紗夏が怒りを爆発させるのであれば、まだ良いと思っていた。止められなかった陸斗(りくと)を糾弾し、陸斗に掴み掛かるのなら、甘んじて受け入れる。  しかし、紗夏が自分自身を責めてしまったら? 怒りの、そして復讐の矛先が海里(かいり)(みなと)たちに向いてしまったら? それらは考えたくもないことだ。だから絶対に気付かれてはいけない。海里たちを守るためにも、紗夏を守るためにも。  「開けるね」というやさしい声が聞こえたのは、そんな時だった。  声音から一切の悪意や他意が感じられない、慈愛に満ちたやわらかい声色。声を掛けた相手を気遣っているのだと分かるソレは、紛れもなく波流希(はるき)のものだ。きっと扉1枚隔てていても、あの微笑みを浮かべているんだろう。  そしてそんなやさしい声音であっても、紗夏の体は一瞬跳ねた。同じく一瞬、怯えからだろうか体を硬直させて。  やっと頭の理解、心の納得が一致、本能的な警戒も解けたらしい。「はい、どうぞ」小さく微笑んで、小さくそう返した。  念の為波流希でなかった事態は警戒して陸斗は身構えていたが、病室に入ってきた波流希を確認したことで小さく息を吐き出して警戒を解く。  そんな陸斗の様子に気付いたのだろうか。波流希は気を悪くした風は一切見せず、むさはろやわらかく微笑み掛けた。 「紗夏くん、陸斗くんからオレに代わっても大丈夫?」 「柚くん、まだ帰ってこないんですね……」 「紗夏くんのこと、凄く気に掛けてたよ」  寂しそうにしていた紗夏の頬に、少しだけ朱色が差す。柚陽(ゆずひ)に捨てられたのだと真っ先に考えなくなってくれたことには、一先ず陸斗も安堵する。  だからといって問題は何1つ解決していないのだけれど。 「波流希さんにもご迷惑ですし、気にしなくて良いですよ?」 「迷惑じゃないし、オレだって紗夏くんのことは心配なんだ。それに放っておいたのがバレたらオレが柚陽に叱られちゃうよ。オレを助けると思って。ね?」  男女共にウケる微笑みでやさしく言い聞かせられて、紗夏は少し反論の言葉を探した後、申し訳なさそうに頷いた。  でも、「ならお言葉に甘えます」といったその声音に、少しだけ嬉しそうな色が添えられていたのは、柚陽が心配してくれてるっていうのが、嬉しかったからだろう。  だからこそ、 「じゃあオレは今は失礼するっす。また明日、来るからね」 「ありがとうございます、陸斗さん」  だからこそ、柚陽のことはバレないようにしないと。  紗夏の病室を出てから改めてそう決意し、陸斗は病院の玄関口、それから柚陽が入院してるという病院に向けて歩き出した。

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