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それはまるで、パズルのような
病室の扉を前に、1度だけ深呼吸をする。肺に新鮮な空気とは言い難い、薬品っぽい空気が満たされた気がした。この空気に慣れつつある自分が、ちょっと嫌になってくるっすね。
陸斗 は苦笑を漏らして、トントン、軽く扉をノックする。それから、そっと扉を開いた。
誰もいない広めの個室。思ったより機材も運び込まれていないから、なおさら広く感じられる。
広々として快適、というよりは、どこかポツンとした物悲しさを感じるような広さだ。部屋中真っ白だからっすかね?
ベッドの上で上体を起こして座る入院患者こと柚陽 は、陸斗を大きな目でじーっと見つめた。
それから、いつもの様に、こてん、首を倒して、
「誰?」
柚陽の病室を訪ねた時、医師には「何かあってもショックを受けない様に」なんて警告されていた。
そうして病室に入ってみれば、ふわふわした髪を巻き込む様に頭は巻かれた包帯。
記憶喪失という可能性を弾きだすには、あまりに材料が揃い過ぎてる。
柚陽が海里 にした事を思えば、「ふざけやがって」なんて理不尽な怒りを感じないというと、嘘になる。
でも柚陽は自分の信念を曲げて、それでも紗夏 のために復讐へ向かった。その結果がコレなのだ。怒りなんて抱かない。ちらっと感じたところで、すぐに消えてしまう。
大きな目はそうしてる間にもまっすぐ陸斗を見つめてくる。そこには罪悪感も、からかうような色もない。
ただただ、疑問を湛えていた。
「アンタのツレの、顔見知りって感じっすかね」
「陸斗は柚陽にとって誰なのか」。その答えに迷って、結局出てきたのは、その程度だった。
誰も彼も、何もかも忘れてしまったのか。
それとも何か覚えてる事があるのか。
陸斗の言葉を受けて柚陽は、目線を少し上へ向けて考える。些細な仕草1つ挟まないだけだというのに、それがあまりにも、柚陽の喪失を突き付けているように見えた。
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