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「……向けても良い、かぁ。ちょっと違うかもしれない」
言った後、小さく首を振って柚陽 は呟いた。
陸斗 がそこにいるのも忘れているような、独り言に近い呟きだった。目線はもう、窓の向こう、遥か遠くに向けられている。
まるで取り返しのつかない過去を見てるように。あるいは、今の柚陽には、それほど過去の事ではないのかもしれない。少しの勇気で関係を変えられるほどには最近の事、といった認識なのかも。
「オレは向けたかったんだよ。こんな気持ちになったの、好きな子以外じや初めてだった。でもオレはその子も諦められなくて、でも紗夏 とも離れたくない。あははっ、我ながら欲張りだよねぇ」
窓から目線を戻した柚陽の顔は、絵に描いたような「泣き笑い」だった。
頬を緩めて、大きな目をやさしく細めて、だけどそこには涙が溜まっていた。口元だって綺麗に弧を描いているのに、でも今にもわっと泣き出しそうに見えて。
柚陽への恋心を今の陸斗を持ってはいない。それでもその泣き笑いは、とても綺麗なものに見えた。
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