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夜道に染まるは赤色

 辺りは結構暗くなっていて、「まあ、色々あったっすからねぇ」なんて陸斗(りくと)は1人納得していた。1日で起こるには良い事も悪い事も、なんなら「どっちとも言えない」事さえ濃すぎて、時間感覚みたいなのは完全にバグっている。あと、やっぱ疲れた。  紗夏(さな)柚陽(ゆずひ)の前では一切感じていなかった疲れが、こうして1人で帰り道を歩いていると、どっと押し寄せてくる。やはり警戒しているつもりでも、1人になったことで多少気が緩んでしまっただろうか。いけない、気を入れ直す。  ずっと気を張り詰めていたら疲れてしまうと言っても、今は気を緩める時じゃない。せめて押し寄せてきた疲れを少し押し返す程度には、気を張っておかないと。  そうしておくのが正解だと陸斗に知らしめるように、顔の横で、シュッ、空気を切り裂いたような音がした。  何が起きたのか脳で判断するより早く、体が警戒の構えになる。些細な物音さえ拾おうと本能が警戒心を剥きだす中で、陸斗はゆっくりと音のした方へ顔を向ける。  すっかり暗くなっていたとは言っても、街灯があれば真っ暗とも言えない。ソコにいる人間が顔見知りであれば、誰か特定できるくらいの光量はある。  ましてや今まさに1番の警戒対象になりつつある隼也(しゅんや)ともなれば、なおさらだ。 「あ、避けられたか」  まるでゲームで少しのミスをした時のような、気楽な口調で隼也は言う。街灯が隼也の手元で鈍く光るナイフを照らしていた。  どうやらさっきの音は、陸斗の真横を刃が通った音らしい。気を入れ直しておいて良かった。あのまま気を緩めきっていたら、最悪、耳が落ちるなり、頬に切れ込みが入るなりしていたかもしれない。  背中が一気に凍えたのを感じながら、陸斗は心底呆れきっています、というように、大きな溜息を1つ。それから肩を竦めてみせた。  本当は、結構怖いんすけどね。怯えたら隼也の良い的になっちまいそうだし。 「今度はなんの用っすか」  呆れ果てたように吐き出せば、「なんの用、ねぇ」。苛立ちと恍惚の笑みに顔を醜悪に歪めた隼也が、これまた怒りと愉悦を綯交ぜにした声で、こっちをバカにするように呟いた。

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