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「お前さぁ。もうちっとマシな考え方をすると思ってたんだけど」  隼也(しゅんや)が怒りよりも呆れを露わにしたような表情で呟いた。まあ、それもそうっすかねぇ。自分の言動を思い起こせば、あまり賢いとは言えないかもしれない。  相手は刃物を持っているし、現に2人を傷付けている。それで脅しにも似た言葉というか、ほとんど脅しを口にしている。そんな場で相手の望まない答えを口にするなんて、「勇気」というよりは「愚か」っすねぇ。  たとえばここで、心にもなくても「隼也っす」なんて言ったとして。それで自身が助かるとしても。……やっぱ、なんか違うんすよねぇ。紗夏(さな)のためにも、恨みはあるけれど柚陽(ゆずひ)のためにも、「隼也の方が傍にいるべきだ」なんて言えやしない。  それに、ここでソレを言ったら、隼也がますます暴走しそうっすから。ここで「柚陽だ」って言った事で、隼也は暴れるんだろうけど、病室に押しかけて無理矢理紗夏を組み敷くようなことになったりするよりは、まだマシだ。  隼也が持っているナイフを陸斗(りくと)の方へと向ける。目からは段々、怒りさえ消えているようにも見える。 「そーいう考えをするようなヤツ、紗夏に近付かせてはおけないよなぁ」  多分怒りで、冷静さなんてとっくに無くしているだろうに、隼也はただただ淡々と、冷静にナイフを振り下ろす。冷静さを失っているにしては恐ろしいほどに狙いが正確だ。  つーか胸元とか狙ってくるあたり、本気で人のこと殺す気なんすか!? もしそうだとしたら、常日頃仲が悪く、目に見えて敵視しあっている柚陽のケガが、アレで済んだのは奇跡かもしれない。あるいは、それだけ柚陽の能力が高かったのか。 「避けてんじゃねぇよ。紗夏のために刺されとけって。それとも思い直したか?」 「無理言わないで。誰だって避けるっすよぉ」  へらっとして答えつつも、実はあまり余裕がない。つーか隼也がオレを刺すまで満足しないなら、致命傷は避けとくべきっすかねぇ。  ぼんやりとでもそんな事を考えたからかもしれない。  突如、熱とも同じような鈍い痛みに、陸斗は襲われた。

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