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「……と! ……とぉ……」  何か声が聞こえる。遠くからなのか、近くからなのか。距離感が上手く掴めないけれど、それはハッキリと聞こえる。ハッキリと聞こえるはずなのに、その声が何と言っているかが分からない。  そうした矛盾を抱きながら、陸斗(りくと)はふわふわと漂うように、ゆっくりと沈んでいるのを感じた。夢の中みたいだ。でも、そんな穏やかでやさしいものじゃないのだと、頭のどこかで警鐘が鳴らされる。  質の悪い悪夢、かもしれない。  痛いワケでも、苦しいワケでもない。怖くも悲しくもなくて、むしろ居心地は良いのかもしれないっす。沈んでいるって言っても、それは水底に沈んでいく感覚とはちょっと違って、穏やかで、ゆったりとしてる。  ひだまりに包まれる、ってこんな事を言うのだろうか。けれどこの環境に長居してはいけないと、心のどこかで陸斗が陸斗に訴える。 「り……と。ね、り…………!!」  あたたかいひだまりの中。あの家でもう1度、こんな風に穏やかに海里(かいり)と過ごせたら良かったなぁ。あれ、なんでオレは過去形なんすか。  確かに海里にしてはいけないことをした。許されないことをした。でも海里は陸斗に手を伸ばしてくれて、(みなと)たちはソレを許してくれた。あの家で陸斗が待つことを約束したのに、なんでオレは、過去形で。 「ねぇ!! なあってば、陸斗!? 起きろよ!!!」  その、叫ぶような声で、陸斗の意識は引き戻された。同時にズキリ、重い痛みが腹に落ちる。

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