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「……いや、いつか来るだろうとは思ってたっすよ? にしても早過ぎないっすか? アンタ意外とせっかち?」
港 から隼也 の話を聞いたのは確か3日前だったはず。言いながら思わず思い返してしまうが、やはり記憶間違いではない。姿を現すにはあまりに早くて、恐怖だの嫌悪だのを通り越し、ただただ驚愕してしまう。
人間予期せぬ事態に遭遇すると、頭ん中、バグるんすねぇ。本来なら隼也を見た事で警戒するなり、トラウマを呼び起こすなり、生理的嫌悪を抱くなりするべきなのだろうが、陸斗 が感じたのは呆れ混じりの驚愕だけ。むしろ20日くらい前に刺された相手に対して「コレ」って、オレもオレでヤバいのかも。
「これで少しは懲りたか? 考えも変わった? まともな考えができるようになったと願いてぇんだけど」
「アンタの定規で定義した“まとも”だと、オレはそっからズレてそうっすねぇ。ズレてるって言うか、逸脱してそうっすわ」
それでも時間経過で驚きが和らいでいったからか、はたまた「あの状況」と少し似ている現状に本能が拒否反応でも抱いたか。隼也の言葉に腹の傷が、僅かとは言え唐突に痛みだす。
人間の体は複雑なようで、案外単純なのかもしれない。
ここで腹部を抑えれば、最もさらけ出してはいけない相手に、弱点を晒すことになる。陸斗は痛みに耐えつつ、からりと笑ってみせた。不幸中の幸いだったのは「十分耐えられる痛み」であった事だろう。
陸斗の返答に「はあ」と、呆れた溜息が1つ。大袈裟に肩を竦められた。
「そうでしょ? こんな時間に病室に不法侵入。そんなアンタが言う“まとも”って、オレにとっては“まとも”とは言えないっすわ」
「悪ぃけど、非常識なことをしてる自覚はあるよ。お前がこれより遥かに非常識なコトを言ってるんだから、この場合は仕方ねーだろ」
本当、あの常識人だった隼也はどこに行ってしまったんだろう。夜も遅い病室に不法侵入かまして、不思議そうにしている目の前の男を見ながら、陸斗はぼんやり考える。
紗夏 への恋心はパンドラの箱だっただろうか。つーか、それなら最後には希望があるはずなんすけど。いや、そもそも隼也の紗夏に対する「奇行」「異常」とも呼べる束縛は、大分前かららしい。
本人に自覚が無かっただけで、大分歪んでいたんだろう。常識人のフリをしてただけで。その余裕もついぞなくなった、それだけの話だ。
「まあ、オレもオレで非常識だし、性格だって良くないし、やっちゃいけないコトだってしたっすわ。だけど今のアンタよりは幾分、50歩100歩だったとしても、持ってるっすよ。常識」
いまだ大げさに肩を竦めたままの隼也に、陸斗は小バカにするような笑みで応じた。
しっかし「大げさに肩を竦める」って、ドラマやマンガだと随分コミカルに描かれてるし、現実でもよっぽど顔が整ってなければ間抜けに見えるっていうのに、利き手にナイフが握られてるだけで、こうも印象って変わるんすねぇ。
また腹が痛みだすのを避けるように、陸斗は頭の片隅でぼんやり考える。夜の病室というのもあるのだろうが、そのコミカルな動作と、絶対的な殺意があまりにミスマッチで、却って恐怖を助長していた。
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