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「でもまあ、今日はお前にどうこうしよう、ってつもりはないんだ。よっぽど抵抗されたら考えるけど」
「それはそれは。ご丁寧にナイフを構えてるっすけど、どういう風の吹き回しっすかね?」
「コレはお願いに使うだけだよ」
ナイフを使う「お願い」なんて「脅迫」だろう。隼也 とてそれくらいは分かっているだろうに。呆れ混じりに思いながらも、「……いや」と陸斗 は思い直す。
恋心を実感しないままに紗夏 の友好関係に口出し、「恋愛感情なんてねぇよ」と半ば怒る様に言いながらも、「オレがそうするのが当然」と言わんばかりに躊躇いなく、紗夏と柚陽 を引き裂こうとした男だ。紗夏は嫌がっているにも関わらず。
そんな男なら本気で、ナイフを持ち出そうが、なんならそれでもう1度陸斗を刺そうが、「お願い」だと言い張りかねない。
「随分物騒なお願いっすねぇ。つーかアンタのお願いをオレが聞くとでも思った?」
「アイツの奇行を教えたのはオレだけど」
思わず舌打ちが漏れる。
正直、陸斗にソレは弱い。自覚して言ったのか、無自覚に言ったのか。どちらにせよ、質が悪ければ分も悪い。
2度も刺されている以上、ソレで「感謝なんてチャラだ」と言い出す人間もいるだろう。あるいはかつての陸斗なら、1度目の時点で言っていたかもしれないし、そもそも感謝も抱かなかったかもしれない。
しかし隼也の指摘で助かったのが事実である以上、ソコを持ち出されてしまえばあまり強く出られない。もしあの時気付かなかったら海里 は柚陽によって壊されていただろうし、陸斗は全て知らないまま、柚陽に騙され続けて呑気に暮らしていただろう。その未来を思うとゾッとする。
「悪ぃけど、聞けないもんは聞けないっすよ」
結局強気に跳ねのけられずに、そんな言葉を返してしまった。
企み通りになったからか、純粋に自分の「お願い」を、少なくとも聞いてもらえそうな反応に対してなのか。隼也がナイフを持ったまま、にやっと笑った。
「大丈夫。お前なら聞いてくれるって信じての人選だから」
「その人選、ちっとも安心出来ないんすけど」
とは言えあまりに無理難題を振られたのであれば断れば良いだけだ。確かにマンションの件では恩も感じているが、だからと言って出来ないことは出来ない。
最悪以前刺された場所は庇って、もう1度刺されてやれば満足もするだろう。ナースコール押しても良いんすけど、下手に刺激したくないし、海里に心配を掛けたくもないっすからねぇ。
考えながらもさりげなく、いざという時腹を庇える体勢になりながら、陸斗は隼也の返答を待った。
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