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「……もしもし?」  電話から聞こえる声にかつての無邪気さはない。怪訝そうな声が電話の相手、つまりは陸斗(りくと)を探るような声を出す。  多分柚陽(ゆずひ)の記憶混濁は芝居だと思っている陸斗さえ、どきりとしてしまう。とは言え、本当に記憶が混濁していたとしても、コレは伝えなければならないのだろう。  オレがあの場で隼也(しゅんや)を抑えられるだけの力があれば良かったのだけれど。我を失った人間というのはただでさえ厄介な上、今の陸斗は負傷している。  なにより、海里(かいり)を人質にされてしまったら。  ……ああ、最後のは最低な言い訳っすね。きっと誰だって、自分の大切な人が助かるためなら、誰かが代わりにと思っている。  オレが海里を取ったように、柚陽なら紗夏を取るのだろうから。 「えっと、りっくん? って、どちらさまですか?」  これだけ聞いたら間抜けなセリフにも聞こえるのだろうが、おそらくケータイに登録された名前だろう。用途はどうあれ、柚陽はまだ陸斗の番号を消さずにいたらしい。  嬉しいでも、不気味でもない、複雑な感情に苦笑を漏らしつつ、その苦笑はすぐに消える。今は、それどころじゃない。 「この前、お見舞いに行かせてもらった紗夏のツレっす」 「……ああ! でもキミがなんの用なの?」 「緊急事態っす」 「なぁに?」  柔らかくなった声音は、陸斗の言葉でまた硬くなる。「なぁに?」あくまでやわらかい言い方でありながらトーンは厳しいソレに、やはり柚陽は、そんな考えが首を擡げた。  でもソレは問い詰めるべきではないし、今はもっと優先すべきことがある。緊張からか手が震えた。  緊張、恐怖、罪悪感。  それら全てを飲み込んで「ごめん」陸斗は謝罪から切り出した。そうするべきだと、思ったから。

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