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「……あんのクソアニキ気取りが」  電話越しに聞こえた声は怒りと憎悪に満ちていて、思わずケータイを取り落としそうになった。「ほんと、ごめん」。どうにかこうにか絞り出した声は情けないけれど震えている。  自分でも分かったんだ、相手、それも柚陽(ゆずひ)となれば、簡単に分かっただろう。「別にキミには怒ってないよ」なんて、少しだけ穏やかさを加えた声音で返ってきた。  とは言え、巻き込んだのは陸斗(りくと)だ。「海里(かいり)を守るため」なんて理由、(みなと)たちならともかく、柚陽にとっては関係ない。陸斗を恨んで憎んで責めたって、不思議ではないというのに。  罪悪感を抱きつつ、思わず身構えて電話の向こう側の真意を探ろうとする。そんな些細な気配さえ柚陽には伝わったのか、今度はくすくすと笑い声が返ってきた。 「そんな理由、オレと紗夏(さな)には関係ない、そう言って怒ると思ってる?」 「……まあ、怒られても不思議はないし受け入れるべきだとは思ってるっす」 「だったらハズレだよ。オレはそこまで怒りっぽくない。1つに、自分の好きな人を積極的に犠牲にして他人を守るっていうのは、オレにはちょっと解せない、っていう理由があるんだけど、純粋にあのクソアニキ気取りが気に入ってないのもあるんだぁ。だからキミのことは恨んでないよ」  ケータイから聞こえる声に安堵よりは罪悪感が根付く。もちろん、実際に紗夏を壊して隼也(しゅんや)に差し出すつもりなんてなかったけれど。それでも。  謝罪を重ねようとする陸斗を遮るように「キミはもう良いんだよ」と、柚陽が言葉を続けた。 「これはオレとアイツの問題。放置してたから膨れ上がったのかなぁ。まあ、良いや。とにかくキミはもう良いんだよ。キミは1番大切な人を守りなよ。悪い人間にだまされちゃメ、だからね。顔見知りへの情に惑わされるのもご法度。ああ、でも1つだけ」  どこか明るい声で話していた柚陽が、1度言葉を切る。それでも陸斗に言葉を挟ませる暇なんて与えるつもりはないらしく、直ぐに柚陽は、言葉を紡いだ。  やさしくて、やわらかくて。どこか慈しむような声音で。 「ありがと、りっくん。教えてくれて」  それは、表示されてる名前を読み上げただけではない、やけに呼び慣れたトーンで。今まで聞いたことなんてないくらいに、やさしくて、もの悲しげで。  記憶が混濁して陸斗を忘れているのなら出せるはずもないだろう、そんな声音に、「は?」陸斗が間抜けな音をようやく口にだした頃には、電話はとっくに切れて、無機質な電子音だけを陸斗に届けていた。

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