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壊れて、崩れて、潰れる
「なあ、お前、いつになったらオレのお願いを聞いてくれるワケ?」
「いやいや、急かされても困るっすよ。一応オレ、アンタのおかげで立派なケガ人すからね?」
ベッドの上で言いながら陸斗 はそっと自分の腹に触れる。少しはマシになってきたとは言ってもまだまだ痛みを訴えているし、早々に癒えるものじゃないから当然といえば当然だけど、傷口もまだまだ真新しい。
退院はそろそろって感じだけど、好き勝手に動き回って人1人壊してくるなんて芸当、できはしない。そもそも病院から出て数歩でこっちにガタが来そうだ。
まあ、もちろん紗夏 を壊す気なんて毛頭ないけれど。ここは良い言い訳として利用するしかないだろう。
隼也 は数分考えこんで、辛うじて納得してくれた、らしい。
不満この上ないって様子ではあったけれど、素直に舌打ち1つして「まったく」と呟いた。
「良いか? なら退院までは待ってやるけど、誤魔化したらどうなるか、分かってるよな? 陸斗はやさしいからさ、オレのお願い、聞いてくれるよな?」
「いやぁ、アンタからやさしい、なんて言われるとは思わなかったっすわ」
「まあ、お前はあの1件以前は海里 以外見えてなかったからな」
はは、なんて苦笑を漏らす。笑えるような状況ではないから、果たして上手く出来ているかは疑問だけれど。
とりあえず隼也の反応から不審には思われていないようで、安心する。胸の内がバレたらマズイ。すぐにでも海里を壊されてしまいそうだ。
「まあ、オレは帰るから。くれぐれも、くれぐれもオレのお願い、覚えておいてな」
特に感情の色を宿していないような目が笑みの形を作った。陸斗もぎこちなく笑みを返して隼也を見送る。
果たして柚陽 がどうしたのかは聞けなかったけれど、隼也に目立つような傷や、目に見える苛立ちがなかったことに、「まだ柚陽はなにもしていないのかもしれない」という安堵と「もう返り討ちに遭ったあとかもしれない」という不安が半分ずつ、陸斗の胸に根付いた。
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