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 柚陽(ゆずひ)とはあれ以来一切連絡が付いていない。電話をしてみても聞こえるのは無機質な電子音声。メールをしても戻ってくるし、連絡アプリは既読さえ付かない。もちろんと言うか、なんと言うか、そんな状態で見舞いに来てくれるはずもなく。  まあ見舞いに来られたら来れられたで気まずいし、なんらかの事情でもない限り見舞いに行く仲じゃないだろう。  電子機器1つで簡単に連絡が取れる世の中になったというのに、連絡を取らない方法も簡単らしい。これで陸斗(りくと)が大学に行っていれば顔を合わせた可能性もあっただろうが、何分今陸斗は入院中。会う機会は減っていた。 「柚陽、無理してないと良いんすけど」  本人に伝える手段を失っているため、結局はケータイを見つめてぼんやりと呟く。  どこにも繋がっていないケータイだ。当然、返答などない。今まではそうだった。しかし今回は、まるで陸斗のひとりごとに応えるようなタイミングで、コンコン、扉を叩く音。 「……はい、どーぞ」  念のため警戒しながら陸斗は声を掛ける。まあ、警戒したからって「何ができる」って感じっすけど。  「失礼します」と礼儀正しく伝える声は、聞き覚えのあるもの。その記憶と違わず、遠慮がちに病室に入ってきたのは紗夏(さな)だった。  一応目立つような傷がないことに安心する。目にもしっかり感情が宿っているから白い肌に巻かれた包帯は、柚陽によるものだろう。 「陸斗さん、調子はどうですか?」 「まだちょっと痛いかなって感じっすね。紗夏の方は? 柚陽も元気?」  さりげなく聞けただろうか。一応自分の耳に届いた声としては「問題ない」って言えるくらいだと思うけど、紗夏の耳にどう届いたかは分からない。  紗夏はと言えば、少し落ち込んだような顔を見せて、ふっと目を伏せる。今にも泣き出しそうだ。なにか変な事を言ってしまっただろうか、思わず焦り出す陸斗に気付いてか気付かずか。 「オレは大丈夫なんですけど」  目に見えて落ち込んだ様子で紗夏は切り出した。

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